宇宙混沌
Eyecatch

第5章:流浪の民 [5/5]

流浪の民

「全部思い出したのか」
「多分ですだぞ」
「回復力はいっちょ前の妖怪なんだよなあ。何はともあれ、思ったほど深刻な事態にならなくて良かった」
「理玖様が妖怪にしては治りが遅いだけなんだぞ……」
「それを言うなよ~」
 俺は理玖様と翡翠と三人で晩酌をしていた。理玖様はいつも通り水で、俺も今日は嗜む程度だ。
「もう酒に逃げないのか?」
「自分で忘れないようにと思っていたのに、忘れたいなんて勝手だし矛盾してるんだぞ。俺が忘れたって俺の咎は消えないんだから、覚えていて二度と犯さぬようにする方が良い」
「竹千代の言うことは相変わらず深いな……」
 翡翠が空になった器に注ぎ足す。理玖様がにやりと笑って揶揄った。
「それで、翡翠とせつなは愛を確かめたのかい?」
「いっ!?」
 翡翠が手元を狂わせる。溢れた酒を布巾で拭きながら、俺は理玖様を見た。
「また趣味の悪い企みですかだぞ?」
「今回は違うって。で? 据え膳は食ったのか?」
「据え膳……」
 あのせつなが? 今度は翡翠を見る。翡翠は顔を真っ赤にしていた。
「昼間からするわけ無いだろ」
「へえ、これからか。時化で揺れるだろうから気をつけろよ」
「昼間からしたら駄目なんだぞ?」
「待て待て、竹千代は事後かよ」
「理玖様がけしかけた事なのに何を言ってるんだぞ……」
「今日はけしかけてねえよ、今日は! って逃げようとするな翡翠」
 こっそり立ち上がった翡翠の腕を理玖様が掴む。再度座らせて、後ろから肩を押さえた。
「じゃ、竹千代のおすすめの手でも教えてもらうか」
「理玖様の方が試した数多いんじゃ?」
「とわ様は後ろ取りが好きなんで、そればっかりでさ」
「ふーん」
「ちょっ、理玖さん! 俺他人の嫁さんの好きな手とか知りたくないんだけど!?」
「双子なんだから好みも似てるだろ、多分。男冥利に尽きる手は竹千代から、ほれ」
「俺は松葉崩しとか丁字引きとかが好きだぞ」
「しれっと難易度高いの出てきたな」
「やめてくれ竹千代からそんな具体的な話聞きたくない」
「でも、だけど、せつなが心配してるらしいぞ」
 俺の言葉に、耳を塞ごうとしていた翡翠の手が止まる。
「心配って?」
「『あの歳で翡翠が童貞である事の方が少し心配』ってせつなが言ってた、ってもろはが言ってた」
「俺そんな理由で据え膳されたのか!?」
「まあ何事も程良い時期と塩梅というものがあるんだぞ」
「つまり今夜抱けって事だな!」
「何がつまりだよ! 軽々しく言うなよな!!」
 翡翠が理玖様の手を振り払う。本気で怒ったようなので、宥める代わりに言っておいた。
「理由が知りたければ本人に訊けば良いんだぞ。せつなの気持ちはせつなにしか解らないからな」
「良い事言うね」
 理玖様は翡翠の手の届かない距離まで下がって、俺に微笑む。
「取り返しの付かない事になって、後悔しても遅いんだぞ」
「ま、誰も一切の過ち無く生きていくことなんて出来ねえよ」
 理玖様は翡翠に振り向く。
「であれば、許される過ちでありたいものだな」
 翡翠は鼻を鳴らして、今度こそ席を立つ。俺は酒の残りを引き取った。
「理玖様の過ちは何だぞ?」
「沢山あるねえ。アネさんの事と、とわ様の事と……」
「許されなかったものは?」
「あるかもしれないし無いかもしれない。死んじまった奴には口がねえからな」
 理玖様は翡翠が座っていた場所に座る。傾国の美貌が俺に問うた。
「お前の過ちは許されないものなのか?」
 俺は酒を煽ってから答えた。
「例え許されなくても、俺も相手の過ちを許してないから、おあいこなんだぞ」
 許す為、と言えば語弊がある。ただ同じ土俵に立つことで俺の溜飲は少しは下がった。それで良いじゃないか。少なくとも菊之助ももろはも、俺の行為を止めはしなかった。あの件の前後で俺への態度を変えたりしなかった。
「良いよなお前は。罪を一緒に背負ってくれる奴等が居てさ」
「全く同じ咎ではないぞ」
「だとしてもだよ」
 船が風に揺れる。俺は酒瓶を空にした。
「理玖様も、それが是露様の望みだったのなら、是露様がお許しにならない筈がないんだぞ」
「許してないのはおいらさ。おいらだけが抱えた罪で、おいらだけがそれを罪だと思っている」
「難しいんだぞ」
「まったくだよ」
 生きていくことは難しい。平穏な人生を望むなら尚更。
 それでも妖怪は果てない運命を流浪するのだ。百年後も、二百年後も、俺と理玖様はこうして向き合い、また同じ話を繰り返すのだろう。

Written by