第8話:この件は内密に、そして公に [2/4]
七宝は大学を出た後、長らく会社員をしていたが、数年前に起業して、社長兼デザイナーとして服を作り始めた。しかし事業がすぐに波に乗ったわけではない。独立当初は、副業として臨時講師などをして生活費を稼いでいた。
竹千代とは、専門学校の授業見学会で出会った。七宝は講師、竹千代は見学しに来た中学生だった。
「見学の皆には、布は配れんが色紙で同じことをやってもらおう。簡単にじゃがこの場で講評もするぞ」
同じ形、同じ素材の色とりどりの布を組み合わせ、服を作るという課題を出した。見学に来た子達の中で、群を抜いて色彩センスが良かったのが竹千代だった。
「狸平……もしかして、racoon dogの?」
「はい……」
「そうか~。やはり一流のデザイナーに教えてもらえると差がつくのう」
「いえ、母は忙しいので。独学です」
独学でこれなら、この子は磨けばもっと光ると思った。
「そうじゃったか。是非うちの学校、受験してくれな」
「はい! 七宝先生みたいに自分のブランドを持てるようになりたいです」
「おお、おらの店知っておったのか! しかし、ご両親の店は良いのか?」
「racoon dogは選ばれるブランドかもしれません。でもそれは消極的な選択です」
「ふむ」
「安いから、ぴったり合う訳じゃないけど大きく外しもしないから、定番物をどの店舗にも一通り揃えていて買い物しやすいから……そういう理由で選ばれています。そうじゃなくて、俺は『このブランドだから欲しい』って言われる服を作りたいんです。高くても売れてるShippoみたいな」
「高いのはそうしないと採算が取れないからじゃがの」
「それだけ質が良いということでしょう? お金を稼げるようになったら買いに行きます」
「嬉しいこと言ってくれるの~。でもracoon dogのように、皆にしっかりした服を安価で届けるのもすごいことじゃ。親御さんから学べることも多いはずじゃから、親の七光りなんて言われても、気にせず得られるものは得ておくのじゃぞ」
とかなんとかいう話をして、気持ち良く送り出して。しかし結局、竹千代が受験会場に現れることはなかった。それきり七宝は竹千代とは会えず――というわけでもなかった。
再会したのはそれから間もなく。新作のストールを持って、母親に連れられて店に来た。
「息子が万引きをしまして……」
当時、Shippoブランドはまだ無名で、路面店はこの一つだけ。この店に防犯カメラは無く、在庫のチェックも毎日はしていない。言われて初めて盗まれたことに気付いたくらいだった。
「……竹千代君がこの色を選ぶか?」
やっと口をついて出たのは、そんな言葉だった。この商品はブラック、ロイヤルブルー、ワインレッド、レモンイエローの四色展開。竹千代が顔周りに巻くならロイヤルブルー一択だ。
「ほら、竹千代。謝りなさい」
「俺じゃ――」
「謝りなさい」
「……申し訳ございませんでした」
七宝は感じ取る。竹千代が犯人ではない。では一体、誰が。
(まさか、母親? いや、そんなまさか……)
しかし勘は告げている。組織的な犯行、あるいは裏に権力が渦巻いていると。下手に突けば自分の零細ブランドなんてあっという間に干されてしまうだろう。
「こうして品も返してくれたのですし、賠償も謝罪もこれ以上は要りません」
そう返すのがやっとだった。
(すまぬ、竹千代君、すまぬ……)
竹千代達が帰った後、七宝はポカポカと自分の頭を叩く。
(おらがしっかりせねば~! とにかく、まずは監視カメラの導入か……)
しかし権力や圧力に屈さず、あの時竹千代の言い分を聞いて味方してやるべきだった。七宝は受験生名簿に竹千代の名が無いと気付いた時、そう激しく後悔したのだった。
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