宇宙混沌
Eyecatch

第3章:二人は化け殺し [5/5]

「もし」
 竹千代が己の顔を捨てて数日が経った。もろはの姿を借りて仕事をするのにも慣れたところで、そいつは竹千代が訪ねる前に向こうからやってきてくれた。
「先日の依頼はどうなりましたかね?」
 仕事を終えて屍屋に帰ってきたところで、竹千代は背後から声をかけられる。
「あー、[わり]ぃな。なんかパタっと此処に来なくなっちゃって」
 竹千代は平静を装って、もろはから聞いていた依頼人の人相と一致する客に対峙する。
(もろはへの変化はあと四半刻も保たないんだぞ。時間との勝負だな)
「逃がしたのですか?」
「振られた女にかける言葉がそれかよ。逃がしたんじゃなくて[のが]したの」
「ほっほ。貴方は何も知らずに遊ばれていたのですか」
「とにかく、あいつの事はアタシも探してるからさ」
「出来るだけ早くお願いしますよ」
「へいへい」
(俺、結構変化上手いんだぞ? 狸相手に誤魔化せたんだぞ)
 と思ったのも束の間、店を出ようとしていた相手が振り返り、いきなり苦無を投げてきた。竹千代は跳び上がって避ける。
「ほう、武芸も先代譲りですか」
「どうだかな」
(やっぱり見破られてたか。でも、理玖様の剣筋に比べたら遅いんだぞ)
 二撃目を躱しつつ刀を抜く。三発目が握られる前に、竹千代は思い切って相手の懐に飛び込んだ。刀は刺客の胸を貫通し、その息を絶やす。
「……そのままもろはが仕事をするのを待ってたら良かったんだぞ」
 永遠に。そうすれば竹千代も殺せないが、自分が殺されることもなかったろうに。
 竹千代は刀を引き抜き、死体を転がす。
 この刺客は何の為にここまでしたのだろう。竹千代の力を侮っていたなら、一度賞金首にかけるなんていう手間はかけない筈だ。
(自分より強いと判っている相手に、それでも立ち向かわねばならない時がある、か……)
 脅されていたのか、洗脳されていたのか。殺してしまったからもうわからない。永遠に。
(俺がまだ何もしていないなんていうのは嘘だ)
 賞金稼ぎは、要は殺し屋だ。賞金首の罪状が真実かどうかなんて一々確認していない。竹千代だってもう何年も、数えるのを諦めてしまうほど、「賞金が懸けられた」だけの命を奪ってきた。
(頼まれて、それに見合う報酬があるなら、そして倒せる相手なら、殺しに行く)
 だがもろはは断った。もろはの腕なら、竹千代なんて瞬く間に仕留められる。それで百五十両の大金を積まれても、尚。
 その恣意的な命の選択が、竹千代にはこの上なく嬉しかった。
「……何が何でも生きねばならなくなったんだぞ」
「うおお、なんで首以外まで持って帰ってくる」
 竹千代の独り言に被せるように、驚いた獣兵衛の声が聞こえた。竹千代は狸の姿に戻る。
「申し訳ありません。そいつは俺の追手なんだぞ」
「そうか。この前言っていた客か?」
「そうです」
「部屋は片付けといてくれよ」
 獣兵衛は壁に刺さった苦無を見、落ち着いた様子で指示する。
「へーい」
 竹千代はまず、刺客を砂にする。苦無には毒が付いているだろう。ぼろ布で包みながら慎重に取り外す。
「ただいま~ってうわっ! なんで全身の骨がこんなとこに!」
 危うく裸足で踏みかけて、もろはが憤慨する。獣兵衛が答えた。
「この前の刺客だとよ」
「おお、そうか。これで一件落着っと」
「それはどうだか……」
 竹千代は眉を下げる。
「大丈夫大丈夫。次なる追手は、今度こそこの化け殺しのもろは様が片付けてやるからさ」
「いやなんか、俺のことじゃなくて。もっと面倒なことに巻き込まれそうな予感がするんだぞ。もろはが」
「アタシが!? 変なこと言わないでくれよ」
「すまん」
 竹千代の予感は的中することになるのだが、その答え合わせにも、やはりまだ二年程かかるのだった。

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