宇宙混沌
Eyecatch

第3章:二人は化け殺し [4/5]

「もろは」
 入れ違うように竹千代が帰ってきた。人間の姿で、何かが詰まった大きな袋を持っている。
「さっきは酷いこと言って悪かったんだぞ。魚獲ってきたから今日は馳走に……なんで刀構えてるんだぞ?」
「……百五十両の、仕事の依頼がきた」
「百五十両!? 百両を超えるのはそうそうないんだぞ。一体誰を殺せば良いんだ?」
 竹千代は呑気に魚を焼く準備をする。もろはは走り書いたその人相を読み上げた。
「十七歳。背は五尺五寸ほど、人型。明るく短い栗毛。精悍な顔立ち、鋭い目付き。瑠璃紺の目。……口の左にほくろ」
 初めは機嫌良く作業を進めていた、竹千代の手が徐々に止まる。
「名は竹千代って言ってた! これお前のことだろ!? 百五十両なんて、お前一体何したんだよ!?」
「まだ何もしていない」
 竹千代は呆けたように呟いて、それから気が狂ったかのように高笑いし――ぼろぼろと泣き始めた。初めてもろはと会った時とは比べ物にならないくらい、大きな涙を零して。
「忘れられてなかった……」
「?」
 もろはは次々と起こる出来事に困惑を隠せない。竹千代に言われた言葉など、頭からすっぽり抜けてしまっていた。
「この首」
 竹千代は顔を覆っていた手を、喉元まで下げる。
「欲しければやるんだぞ。百五十両もあれば借金返せるだろ?」
 そうすれば何もかも願った通りだ。竹千代は百五十両という己の価値を保って死ねる。それももろはに土産を残して。
(あれ? 俺の夢って、そんなものだったか……?)
「……なんでアタシの借金なんかの為に竹千代が死ななきゃならねえんだよ!」
 もろはは刀を仕舞い、下に飛び降りて竹千代に抱き着く。
「まだ何もしてないんだろ!?」
「昔の怨恨ではなく、これからの禍根を断つ為なんだぞ」
「なんだよそれ!」
 もろはは地団駄を踏む。
「なんだよそれ……。まるで竹千代が悪人みたいじゃん……」
 あの客の言うことよりも、竹千代の言葉をもろはは信じることにした。今やもろはの方が大粒の涙を流している。竹千代はそれを見て我に返り、もろはの背に腕を回した。
「違いないんだぞ」
(俺のことでこんなに泣いてくれる者を、本当に泣くまで悲しませた大悪人だ)
「もろは」
 呼びかけると、真っ赤な目が見上げてくる。
「その禍根にならないようにする、と言ったら見逃してくれるか?」
 馬鹿な駆け引きをしている、と竹千代は自覚していた。賞金首が賞金稼ぎに命乞いとは。いや、それ以上に。
(惚れた女の為に、領地の民を見捨てるのか、俺は)
 狸平をこの手に取り戻すことを諦める。それは、狸穴島の統治に二度と関わらないということだ。狸穴将監がどんな酷い政をしたとしても。
「見逃すも何も、アタシは断ったんだよ! そしたら、村ごと襲うとか脅されて……」
「なるほどな。それは俺がなんとかするんだぞ。お前の姿を貸してくれ」
「アタシに化けるってこと?」
「そうだぞ」
「それなら、そのままアタシの姿で仕事したら良いよ。腕短いけど、狸の姿よりはマシだろ?」
「良いのか?」
「お前の顔、割れちゃってるみたいだし。あの客が一人で百五十両も出せるとは思えないから、相手は組織的に竹千代を追ってるんだろ? 遠くに逃げるったって、草の根を分けて捜されたらいずれ見つかるし、だったら裏をかいて、敢えて逃げずに顔だけ見せないようにすれば良いんだよ」
「お前、馬鹿なんだか頭良いんだかよくわからないんだぞ」
「うるせえ」
「でももろはの言う通りなんだぞ。ありがたく言葉に甘える」
 言って竹千代はもろはを押し離す。
「百五十両か……」
 先程迂闊にも、己の首に懸かったその額に喜んでしまったことを恥じた。その賞金も、将監が民から集めた血税が財源の筈だ。
(それだけあれば事業の一つや二つできように。戦をせず、俺が当主の座に戻らないとしても、やはり将監の圧政は止めさせる必要があるんだぞ)
「竹千代、時間切れしたらもうこの姿にはならない?」
「ああ」
「男前なのに勿体ねえな」
「もろはが覚えていてくれれば良いんだぞ」
 他の皆に忘れられたって。
「じゃあ笑ってよ」
 もろははぎこちなく頼んで、恐る恐る竹千代の指を握った。
「最後に見たのが泣き顔なんてさ、ちょっと[]じゃん?」
(すげー好きなんだけどな、この顔)
 男の顔を綺麗だな、なんて思ったのは初めてだった。どちらかというと逞しい顔立ちなのに、さめざめと泣く姿はどこか儚かった。
(いや、今は違うか)
 竹千代は袖で顔を拭う。瑠璃紺の目がもろはに笑いかけた。
「ありがと。ちゃんと覚えといてやるよ」
(竹千代の顔だから、愛おしく思えるんだよな)
 竹千代は、もろはの為に命をくれてやると言ったのだ。その動機は解らないけれど、もろはが竹千代を愛しく思うには十分な理由になった。

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