第11話:戦いの終わり [2/4]
「ご無沙汰しております、狸平さん」
「七宝さん」
竹千代の招待で入場した七宝は、出遅れていた。竹千代をやっと見つけたと思ったら、狸穴が既に接触しているのを見て、作戦を変更する。
(勝手なことをするなと、言われそうじゃが……)
竹千代の母親を捕まえ、藪から棒に切り出した。
「竹千代君がうちの学校に入学してくるのを、心待ちにしていたんですが」
「まあ。でも例の件ではご迷惑をおかけしましたし……」
「竹千代君の才能は磨けば光りますよ。なんて、私のようなしがないデザイナーに言われたくないでしょうが」
「そんな。私も竹千代の色彩センスは誇りに思っています。ただ……」
「ただ?」
「……私が悪いのかもしれませんが、いつからか竹千代は、私を攻撃するファッションをするようになりました」
実家のブランドの製品にモノトーンが多いから差し色をする、といったレベルではない割合で、色柄物を取り入れるようになった。日本人ではない母親そのものを否定するかのように、母のデザインした洋服の上から着物を羽織るようになった。
それがまた様になっているから、余計に攻撃を受けている側の心が抉れる。
「実の親ですらこれだけ傷付ける才能を、野放しにするのが怖かったのです」
「……私には教育方針について口を出す権利はありません。でも、あのドレス、見てどう思いました?」
七宝は竹千代の隣の少女を示す。
「竹千代君が作ったんですよ」
「……よく出来ています。色選びは完璧ですね、あの子の肌が綺麗に見える。形は既存のウェディングドレスを参考にしているのでしょうが、一人でこの短期間で縫い上げたにしては上出来です」
「その言葉、竹千代君に直接言ってあげてください」
竹千代はただその言葉が欲しくて、戦ってきたのだから。
「あれも私への宣戦布告でしょう。反対されてもあの子と別れないって。年下好きなのは父親そっくりです」
「はは……。しかし、色は完璧だと仰いましたね?」
「ええ」
「狸平さん、貴女も本当は気付いているのでは? 万引きをしたのは竹千代君ではないと」
「…………」
「あの会長に脅されているのですか?」
「いえ……。狸穴さんのことは仕事のできる方として尊敬しています。前の夫は、先祖から受け継いだ富を浪費するしか能の無い男でしたから」
(この話は竹千代君には黙っておくか……)
完璧な白も、完全な黒も、人間は持ち合わせていない。竹千代の立場から見れば、この母親も狸穴も悪だが、この二人にも彼女達なりの言い分はあるのだ。
「それでも盗みや、その罪を擦り付けるのは褒められませんね」
「解っています。最近漸く解ったんです。あの時の貴方の言葉の意味が」
「……私達もあちらに合流しましょう」
半ば強引に母親を連れて行く。
「そういえば、あの会場で人にぶつかられた時、私と話していたのは狸穴さん、貴方でしたね……」
「ぶつかられた時に失くしたんでしたっけ?」
「落としたら音がするし、私が気付かなくても小さいりおんが気付くはず。とすると、ぶつかられて意識が他に向いた時かと……」
「だ、だからって儂が盗んだと言うのか!? 儂は簪なんかあったって使わぬぞ!」
「竹千代君が盗んだことにする。その為に部下に盗ませたのではないのか?」
七宝が竹千代の後ろから指摘した。振り返ると、その隣で母親が厳しい顔をして、狸穴を見ている。
「な、何を根拠にそんな!」
「あーそういえばおいらも思い出しました。五年前のパーティーで、トイレの近くで部下と何か相談してましたよね? 竹千代のアリバイがどうとか」
「というか、弥勒と二人で八衛門を締め上げたら白状しよった。『自分が実行犯だ、狸穴会長に脅されてやった』って。おらの店のストールも」
「んなっ!? それであやつ、今日は急に欠席しておるのか!」
「身柄は弥勒が確保しとるぞ~」
「では貴方がやったというのは本当なんですね、狸穴さん!?」
是露が叫ぶ。会場の視線がちらちらと此方を見る。
「ぜ、是露さん、声が大きい」
「この期に及んでまだ押し隠そうと!? 見損ないました。ましてや無関係な子供に罪を擦り付けるなんて!」
「他にも余罪があるかもしれませんねえ」
理玖が呑気に追撃する。
(狸穴個人の不祥事だって、印象付けとかないとな)
「『窃盗癖』ってのは自力じゃ治せませんよ。罪を償ったらカウンセリングでも受けた方が良いんじゃないですか? それに、パワハラができるような立場にこのまま置いておくのも良くないんじゃ?」
「そうですね」
答えたのは竹千代の母親だった。
「これは狸穴会長が個人的に企て、部下を不当に利用して行ったことです。私の息子を巻き込まないで!」
「んなっ!」
「続きは警察で詳しくお聞きしましょう」
「いやー、竹千代の気の強さは母親譲りなんだな」
そのまま言い争いを始めた母親と狸平から離れ、理玖が零した。
「父さんに似てたら今頃首吊ってるんだぞ」
「縁起でもない。お前は参加しなくて良いのかよ? 狸穴の処罰、全部母親が決めちまいそうな勢いだ」
「俺が決めるより厳しいのが待ち受けてると思うぞ。婚約破棄とか。それによる多額の慰謝料とか」
「刑事罰はそんなに重くないじゃろうし、それが一番効くかもなあ」
七宝も同意した。
「竹千代、これ外して」
もろはが頭を傾げて示す。竹千代は簪を外した。もろはの髪が解ける。竹千代から簪を受け取って、是露の手に乗せた。
「これは返すよ」
「おや、良いのかい?」
「元の持ち主に返す為に持ってきただけだから。それに」
もろはは竹千代の服のポケットに手を突っ込む。中からドレスと同じ色のリボンが出てきた。
「アタシはこっちの方が良いから」
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