宇宙混沌
Eyecatch

第7話:消えた虹色真珠 [3/4]

「いつでしたっけねえ。狸平の主催で親睦会みたいなのがあって。兄貴が会社をやってましてね、招待されたんで、おいら達も行ったことがあるんです」
「へえ、理玖さんのご家族も会社を経営してるんですね」
「麒麟丸ホールディングスってやつです」
 とわは飲もうとしていたジュースを取り落とすところだった。
(き、麒麟丸って、CMバンバン打ってるセキュリティ会社じゃん! お父さんの会社の競合!)
 自分の恋路にいきなりロミジュリ感が出てきて、とわは困惑する。
「で、当然竹千代もそこに」
 理玖はそんなとわの気持ちには気付かず、窓の外を見て昔のことを思い出す。ぽつりぽつりと、掻い摘んで話し始めた。

 学者になりたいなんて夢、兄達に肯定されたことはなかった。文系では特に狭き道。大学に十年近く通ったって、博士号すら取得できないのが当たり前。そんな道、快く送り出してくれる方が珍しいのは解っている。
『お前の好きなようにおし』
 そう言ってくれるのは一番上の[アネ]さんだけ。今も、大学の学費や本の購入費は、彼女の稼ぎに頼っている。
 それでも会社を手伝う自分なんて、想像できない。だから社交パーティーなんて、行くつもりなかったのに。
(連れて来られた……)
 その時はまだ、高校生だった。着慣れない漆黒のスーツが居心地悪い。
[おさむ]君もお兄さんの会社に?」
「いえ、私は中学校の教諭に。もう内定も貰っています」
「それは立派な」
「理玖君は?」
「えっと……歴史学者になりたいです」
「へえ、歴史ねえ……」
 家族以外の反応も悪い。次兄も同じく会社を手伝わないのに、教職というだけで好評価だ。
(中学の先生と、大学の先生と、どう違うんだよ)
 嫌気が差して、できるだけ隅の方に陣取ろうとした時、視線に気付いた。振り向くと、小学生だろうか。黒いジャケットを着た、外国人風の少年が理玖を見ている。
「俺に何か用かい?」
「いえ。黒すぎるなと思って」
 少年は自分が着ているジャケットの襟を摘み、引っ張ってから手を離す。
「俺もですが」
 何が言いたいのかは解らなかったが、その少年も社交の輪には入っていなかった。丁度良い。暇潰しに話し相手になってもらおう。
「俺は麒麟丸ホールディングスの社長の弟の、理玖って言います」
「狸平グループの初代会長の――いえ、raccoon dogの主席デザイナーの息子の、竹千代です」
(げ、主催者の関係者か……)
 にしては放置プレイを食らっているようで、不審に思う。
「竹千代君も次男とか三男坊ってとこ?」
 それならまだわかる。跡を継ぐ予定が無いなら、子供を連れ回してあちこちに挨拶させる必要もない。
「長男です。理玖さんは?」
「三男」
(どういうこった?)
 理玖の考えを読んだかのように、竹千代は広間の中央を示す。そこでは金髪の美女と、狸平グループの会長に挟まれて、竹千代よりも更に小さい子供が愛想笑いをしていた。
「弟の菊之助です。俺よりあいつに近付いた方が得ですよ」
「俺は損得勘定で関係を築く奴は嫌いだね」
 竹千代が理玖を見上げる。
「変わってるんだぞ……」
 思わず丁寧語が外れてしまう。
「そうかい?」
「こんな所に来る人間は営業営業、コネ作り。そればかりです」
「竹千代君もそうは見えねえが」
「本当は帰って服作りたいです」
「跡継ぐ気はあるのか」
 竹千代は複雑に顔を歪める。
「俺は服を作りたいだけです」
「そうか」
(俺もただ、自分のしたいことをしたいだけだ)
「連絡先交換しようぜ。LINEやってる?」
「スマホじゃないので、メアドなら……」
 互いのメールアドレスを相手に渡し終わった時、テーブルの上の食器類が音を立てた。
「きゃあ!」
「地震!? 皆さん、落ち着いて!」
 幸いすぐに止んだ。物も落ちていない様子に、理玖はホッとする。
「久々に結構でかかったな。……?」
 竹千代を振り向くと、彼は天井を見上げていた。正確には、そこから吊り下がっている、先程の地震でゆらゆらと揺れ始めたシャンデリアを。
「竹千代君?」
 問うたのと同時に、竹千代が膝から崩れ落ちる。
「おいおい、今のでビビったのかよ――」
「坊っちゃん!」
 すぐに世話人らしき人物が飛んできた。
(何だ? 持病の発作か?)
 なるほど、それなら跡を継がせるのは健康な弟に、というのはわからなくもない。
「失礼いたします」
「あ、俺も人酔いして気分悪くなってしまって。一緒に休ませてもらえませんか」
 咄嗟に嘘をつき、三人で別室へ。竹千代は待機していた医者に、何か薬を打たれて朦朧とし始めた。
 理玖は息苦しい場所から解放されてホッとする。しかし三十分も経つと、この空間も居心地が悪くなった。
(親は様子を見に来ないのか? 子供が倒れたんだぞ?)
 そんなに社交が重要か。それともしょっちゅうだからか? それなら何故、最初から留守番させておかないのか。どうせ誰にも紹介していなかったのに。

闇背負ってるイケメンに目が無い。