宇宙混沌
Eyecatch

第2章:狸平の当主竹千代 [1/3]

狸平の当主竹千代

 それはアタシが敵にトドメの矢を放った直後だった。
 矢は当たったが、その妖怪は直前に、巨躯から伸びた何本もの長い腕を振るっていた。それは持ち主が息絶えたって、何かにぶつかるまで止まらないということを、アタシは忘れていた。
 せつなと理玖、そして翡翠が急ぎ妖怪の腕を切り落としにかかったが、それよりも速く腕の一本がアタシに向かってくる。駆け出そうとして、足首が疼いた。
「もろは!」
 近くに居た竹千代が、アタシを抱え込むようにして伏せさせる。
「がっ!?」
「竹千代!!」
 お蔭でアタシは難を逃れたが、代わりに竹千代に腕が当たる。諸共弾き飛ばされて、竹千代は更に船にも頭をぶつけた。
「竹千代!? 竹千代!」
 動かなくなった竹千代の下から這いずり出る。
「揺さぶっちゃいけやせん!」
 理玖は妖怪の動きが完全に止まったのを見届けてから、此方に駆けてくる。
「旦那~」
「まあ落ち着け。血は出てねえし、凹んでもないから大丈夫だろ……」
 竹千代の頭に触れてからそう言った理玖も自信なさげだ。ひとまず仰向けに寝かせてやろうと手を伸ばした時、瑠璃紺の瞳が此方を見た。
「何奴。近いわ無礼者」
「えっ」
 竹千代は言うと素早く距離を取る。懐に手を突っ込み、いつでも短刀を抜ける姿勢を取った。
「おいおい、頭打っておかしくなっちまったのか?」
 軽い調子で言ったつもりらしいが、理玖の声は震えている。異変に気が付いたせつなも、後片付けの手を止めて此方に来た。
「何じゃお前等は。海賊か? 儂を拐かすとは如何ようにして――」
「いや、海賊なのはお前もだろ」
 アタシの突っ込みには鋭い視線が返ってくる。
「痴れ者が。女子[おなご]と言えど容赦はせぬぞ」
 竹千代は短刀を抜く。まっすぐアタシに向けた。
「この狸平[まみだいら]の当主竹千代に害成せば――」
 そこまで言ったところで、竹千代の視線が下がった。瑠璃紺の瞳は見開かれ、その持ち主が伸ばした腕を見ている。空いている左手はゆっくりと喉に触れて、それから顔の形を確かめた。
「儂はまだ、人間には変化[へんげ]出来ない筈……」
「あー、その。落ち着いて聞いてくれるか竹千代」
「気安く呼ぶでない!」
 やれやれ、と理玖は額に手を当てる。
「竹千代様、どうか辛抱して聴いてくださいまし。竹千代様は訳あって、十の時に狸平から出奔されました」
「十だと? 儂はまだ九つだが」
「今は……ええと、幾つ?」
 理玖はアタシを見る。旦那が細かい数字を覚えられないのは、今に始まったことじゃない。
「十九」
「――だそうです。先程、戦いの最中[さなか]に頭を強く打たれましてね。十年分ほど記憶が飛んじまったかもしれやせんね」
「おい理玖! サラッと言うなよ!」
「一先ず竹千代に状況を理解してもらうのが先だ」
 理玖がアタシを宥める。竹千代は刀を下ろし、立ち上がった。
「家を出て、十年近くも何をしていたのだ」
「まあ、色々と」
 理玖は誤魔化したが、竹千代は周囲の様子や自分の着物を見て、正解に辿り着く。
「まさかこの儂が賊に身を落としておるとはな。せめて僧侶になりたかったものだ」
 やっと刀を鞘に納め、アタシ達はほっとした。竹千代はキョロキョロと陸地に囲まれた海を見て、続ける。
「駿河ではないな。瀬戸内か?」
「ええ。伊予の国です」
「儂は狸穴島で何をしたのであろうな。この様な所まで流されるとは」
「流されたんじゃねえよ! 一緒に来たんだ!」
 思わず否定する。竹千代は険しい顔のまま、アタシを睨んだ。理玖が溜息を吐く。
「とにかく、頭を打っているので暫くご安静に。もろは、部屋まで連れてってやりな」
「後片付けは私達でやる」
 竹千代と一緒に居てやれ。せつなの言外の意図を汲み取り、アタシは頷く。
「こっちだ」
 行き先を示すと、竹千代は眉間に皺を寄せたままだったが、片足を庇って歩くアタシの後ろをついて歩いた。

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