宇宙混沌
Eyecatch

第2章:狸平の当主竹千代 [3/3]

忘れたくない

「見つかったか?」
 食器を片付けた後、三度竹千代の部屋へ。竹千代は机に文の数々を並べて唸っていた。
「どれもこれも儂に策を求めておるのじゃが、狸平は大丈夫なのか……?」
「あー……。最近は大丈夫なはず」
 向かいに座る。竹千代は手紙をまとめた。
「お前の寝床もこの部屋か?」
「いや、一部屋別に貰ってるけど……」
「共寝はしておらんかったのか?」
「してたよ。まあ船の中ではあまりしなくて、添い寝だけだけど」
「変わっておるのう」
「外でしたがる……っていうか、此処でしたがらないのはお前だろ」
 いざするとなっても、声を出すな暴れるなと煩いんだから。音が響くのはアタシも解ってるから、仕方ないけど。
 不貞腐れたアタシを見て、竹千代は眉間の皺を伸ばす努力をしたように見えた。
[さっき]は刀を向けて済まなかった。どうかいつも通り接してくれ。その方が儂も早く思い出すやもしれん」
「じゃあこっちで寝て良い?」
「抱けはせんがな」
「解ってるよ」
 やっぱり殿様の竹千代は、アタシのことなんか好きじゃないよな。って、今は竹千代は九つの気分なんだっけ、そりゃ無理か。
 竹千代が服を脱いで寝台に上がったのに続く。
「お前は脱がないのか?」
「火鼠の衣が無いと、お前と寝てても寒いんだよ。つか、子供[ガキ]の頃の記憶しか無い割にはマセてるな」
「……皆儂を早く一人前にしたいのだ」
 そう答えた表情は、とても九つの子供には見えなかった。
 竹千代は生き急いでいたわけじゃない。生き急がされてきたんだ。屍屋では歳の割に言動が幼かったのも、その反動だと思えば頷けるし責められない。
「そういえば、お前の名を聞いておらんかった」
もろはだよ」
「字は?」
「そんな上等なの無えよ。でも意味は『両刃の剣』だって言ってた」
「女子に付ける名ではないな」
「アタシは気に入ってるけど」
『もろは~!』
 いつだってお前にそう呼ばれてたから。
「……ちゃんと思い出すので待ってくれ」
 竹千代は両手で顔を覆う。
「つられて泣きそうになるではないか」

「脱いだは良いが着れぬ」
「お前バカじゃねえの」
 めちゃくちゃな着方の着物を直してやりながら、思わず口に出た。竹千代は何か言い返そうとしたようだが、[すんで]のところで引っ込める。
「理玖が呼んでるから、ついて来て」
「理玖?」
「親分だよ」
 一晩寝たら足もだいぶ良くなった。会議の間では、理玖ととわが待っていた。
「おいらの名前はわかるか?」
「理玖、ともろはから伺った」
「あー……。自力で思い出せたことは?」
「何も」
 理玖は椅子の上で骨抜きになる。そうなりたい気持ちは解る。
「もろは~」
「アタシに泣きつかれても! あ、でも菊之助の事は思い出したよな?」
「あれを自力と言って良いのか……」
「待て待て。竹千代、狸平の記憶まで歯抜けになってるのか?」
 二人で頷くと、理玖もとわも思った以上の重症に顔を真っ青にする。そうなる気持ちも解る。
「まあ、少しは思い出せたってことは、回復の見込みがあるってことですぜ!」
 理玖の根拠の薄い空元気を他所に、とわは現実問題を語る。
「でも、これじゃ暫く竹千代に普段の仕事を任せるのは無理だね。お金の計算とかは私が代わりにやるから、裁縫とか料理とか代わってくれる?」
「どちらも出来ぬが……」
「あ~~~そういやお殿様だったんだっけ」
「何もさせねえってのも気分悪いだろ。おいらの為に歌でも詠んでもらうか」
「いや、それもどうなんだ……」
「もろはの仕事を隣で見ててもらうのは? 見てるうちに思い出すかもしれないし、そうじゃなくても覚え直しにはなるでしょ?」
 一先ずはとわの案が採用された。しかし、それで思い出すなら苦労しない。
 今回の記憶喪失は、頭をぶつけた所為だ。場合によっては、記憶は竹千代の頭の中から完全に失われており、二度と戻ることは無いのかもしれない。
 アタシは良いことの少ない人生だったけど、それでも竹千代と一緒に過ごした日々には、失くしたくない思い出が詰まってる。竹千代はアタシよりも長く、それを抱えて生き続けてくれるんだって思ってたのに。
「……泣かれると儂も辛い」
 また勝手に涙が。作業の手を止めて手の甲で拭おうとすると、それより先に竹千代が袖で拭いてくれた。
 そんな優しいところだけはそのままで、どんなに口調や態度が違っても竹千代だった。だから諦める覚悟はいつまでも決まらなかった。

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