宇宙混沌
Eyecatch

第2章:狸平の当主竹千代 [2/3]

忘れてしまった

「変わった調度だな」
「ああ、渡来品ばっかだからな」
 部屋の中を見渡して、竹千代は白い巻き貝を見つけて手に取る。
「それは覚えてるのか?」
「いや。ただ儂の妖力を感じた」
 貝を元の場所に戻し、今度は棚の中身を見る。
「どれもこれも覚えがない」
「まあ、お前が狸穴島から持って来た物は何も無いだろうよ。着ていた着物さえ途中で捨ててきたって言ってたし、お前が」
 竹千代は引き出しを押し込むと、アタシにゆっくりと振り向く。
「あの美麗な男は何者だ? 変化しているようには見えなかったが、妖怪だな?」
「この船の親分だよ。麒麟の妖怪なんだけど、訳あって最初からあの姿なんだ」
 竹千代は眉間の皺を深める。まあ、そりゃあ奇っ怪な奴だけども。
「そんな顔するなよ。お前と旦那は、アタシとよりもずっと長い付き合いなんだぜ?」
 竹千代は表情を変えずに腕を組む。
「この日の本に麒麟と言えば、東雲の麒麟丸様の一族しか居らぬ筈だ。だのに伊予の国で海賊をしているとは……」
「あー、この十年で色々あったんだよ!」
 くそっ、やたらものを知ってる所為で、説明の手間が増えるじゃねえか!
「それで、お前は何だ? あの麒麟より儂に詳しいようだが」
 ああ、本当に判らないんだ。解っていたけど、改めて言われると結構キツい。
「……一応、お前とは夫婦なんだけど」
「はあ?」
 竹千代は心底納得のいかない顔で、その場に座った。
「お前、狸でもなければ妖怪でもないように見えるが」
「うん。犬の四半妖……」
 竹千代は黙りこくる。アタシは気を奮い立たせて言った。
「てか、座ってないで横になってろって」

「ええっ!? 竹千代が記憶喪失!?」
 厨で煮炊きをしていたとわは、アタシの話を聞いて目を丸くした。
「自分のことまだ殿様だと思ってやんの」
「それって、私やもろははおろか……」
「理玖の旦那のこともさっぱりだよ。アタシもキツいけど、理玖はもっとキツいだろうな」
「比べるものじゃないでしょ。もろはも無理しないでね」
 はい、二人分、と食事を渡される。
「ありがと」
「もろはも足怪我してるし、私が運ぼうか?」
「これくらい平気。それより、旦那に今日はアタシももう休むって言っといてくれ」
 再び竹千代の部屋へ。竹千代は夜着に包まって、寝台の天蓋を見上げていた。
「調子はどうだ?」
「狸穴島のことしか思い出せぬ」
 進展無しか。
「晩飯食うか?」
「毒見は済んであるのか?」
「ああ、そうだっけ。アタシが先に食べるから、見てろよ」
 低い机に盆を乗せる。起き上がった竹千代が服を着ていなくて、焦った。
「なんで脱いでんだよ!?」
「寝る時は皆裸であろう?」
 狸はそうなのか? いや、良いとこの家はそうなのか?
「大体、先程夫婦と言ったではないか。何を焦っておるのだ」
 言いつつも小袖を羽織ってから降りてくる。
「いつもは着たまま寝てたんだよ」
 もちろん、する時は全部脱ぐこともあるけど……。
「さっさと食わぬか」
 急かされて、匙を取る。竹千代の盆から少しずつ食べた後、竹千代も手を合わせた。
「……あんまり睨まれてると食べづらいんだけど……」
「相済まぬ。見ておれば何か思い出すかと思ったのだが」
 アタシ達も辛いけど、一番辛いのは竹千代だよな。認識が子供に戻ってるし、狸平の思い出も何も無い、遠い国の海賊船の上に一人きりなんて。
 狸穴島の物を持たず置かずというのは、他でもない竹千代の意思だった。二度と帰れない場所を思い出させるような物、そりゃ、あったって辛いだけだろう。
「そうだ」
 アタシは思い出した。
「お前、菊之助と手紙をやり取りしてるんだ。見たら何か思い出すんじゃ?」
「きくのすけ?」
「えっ」
 首を傾げた竹千代に、アタシは嫌な汗をかいた。
「お前の弟だよ。菊之助の事も判らないのか!? 八衛門やタカマルの事は!?」
「一気に言わんでくれ」
「悪い……」
「弟……居たな、気が小さいのが」
「そいつが今の狸平の当主だよ」
「……そうか」
 竹千代はそれきり黙って箸を進める。アタシは理解した。竹千代はアタシ達を忘れたんじゃない。「狸平の若君」だった自分を、辛うじて覚えているだけだ。
「菊之助の事を思い出したなら、他の記憶を取り戻す手がかりにはなるだろ」
「後で良い」
 手紙を探そうと、立ち上がろうとしたのを止められる。
「食事中に立ち歩くでない」
 んなこと一度も言われたことねーよ。まるで別人だな。けれど見つめ返したその顔は、いつもの竹千代と寸分違わなかった。
「それに、怪我をしているではないか」
 言ってぷい、と横を向かれる。
 いや、竹千代だ。竹千代の芯のところも、忘れられていない。
 けれど、それ以外のことは、アタシでさえも。

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