第1話:同族殺しの竹千代 [3/3]
同族殺しの竹千代
場を片付け、アタシは竹千代の部屋に向かう。冬の間は寒いから、夫婦になってからはずっと竹千代の隣で寝ていた。
「うわっ」
部屋の戸を開けると、茶色い毛皮が天井近くまで埋め尽くしていた。完全に変化を解いて、本来の狸の姿に戻ってるのか。
「どうしたんだよ竹千代」
「飲みすぎたから、体を大きくして酒を薄めてるんだぞ……」
「なるほど」
巨体をよじ登り、お腹の方に回る。
「そこで寝るのか?」
「うん」
「踏み潰しそう……」
「お前は寝相良いから大丈夫だよ。にしても、最近本当によく飲むよな」
ふわふわの毛の中に埋まる。竹千代はこの姿をあまり見られたくないらしい。こうして寝るのは、初めてまぐわった日以来、二度目だ。
「うん……」
竹千代は言葉を濁す。竹千代が酒に溺れかけてる理由、アタシはなんとなく解ってるから、それ以外の方法を見付けられない自分がもどかしい。
再び竹千代の体を登る。前足の間を通って、顔の近くへ。頬の辺りに陣取ると、アタシの頭くらいありそうな瑠璃紺の眼が此方を見た。
「お前小さいな」
「あの半端な狸の姿の時は、アタシがそう思ってる」
「丸呑みできそう」
「流石にやめてくれよ……?」
「お前なんか食っても骨ばっかなんだぞ。ていうか、俺の上で寝るな。お前は寝相悪いから落ちるぞ」
「解ってるよ。ちょっと喋りたいなと思って」
「眠い。手短に済ませろだぞ」
「アタシのどこが好き?」
「……小さくて可愛いところ」
「そっかあ」
好きなところなんて数える程しか無い、なんて言ったくせに、なんだかんだ毎回違う答えをくれる。
「アタシも好きだよ」
たとえその手に持つ物が、血に濡れた刃だけだったとしても。
「だから酒は程々にな」
竹千代は返事をせずに瞼を下ろす。アタシはその上に唇を寄せた。
竹千代と夫婦になると決めてすぐ。菊之助に挨拶に行った折、先の狸穴将監によって、竹千代の父親も呪い殺されていた事が発覚した。竹千代は菊之助の許しを得て、流刑になっていた将監を殺した。
見逃せば竹千代の心には恨みが残っただろう。しかし殺めたことで、代わりに深い傷が残ってしまった。
なんでアタシが代わりに始末してやらなかったんだろう。アタシは狸でもないし、色々殺し慣れてるのにさ。形式的にでも賞金首にすれば、アタシが手にかける理由くらい作れるのに。
それでもあの時は、竹千代を止められる気がしなかったんだ。言い訳だけど、菊之助だって止められなかったんだから。
「上で寝るなって言ったのに」
竹千代はアタシの足首を布で補強して、溜息を吐いた。アタシは結局、竹千代の上で寛いでいる間に眠ってしまい、警告された通り落ちて捻挫した。
「今日の仕事、理玖様に言って休みを貰うんだぞ?」
「そうはいかねえよ。今日退治する妖怪、邪気が凄いからアタシの霊力で浄化し続けてくれって頼まれてんだ」
「そんな大役頼まれてたのに飲んでたのか?」
「アタシは飲んでねえよ! 飲んでたのは竹千代だろ! 戦わないからって加減もせずにさ」
竹千代はほくろのある口角を下げる。まず、ちょっと言い過ぎたかも。
「……俺が矢の補充と移動の補佐に回る。お前は動き回らずに浄化に徹するんだぞ。理玖様には伝えておくから」
「乗せて飛ぶ気か? お前の速度じゃ、今回の敵の攻撃は避けられないと思うぜ?」
「二人とも甲板の上だ。この姿なら、お前を抱えて走るくらいはできるんだぞ」
「……良いよな、妖怪って。おんなじ人間の格好でも、力や技はそのままなんだから」
「いや、怪我してなかったらもろはの方が速いし高く跳べるんだぞ……」
「アタシはアタシみたいな重い物持てないもん」
「それはお前が軽いから。俺は昨夜の、狸の姿の体重までなら変化で調整できるからな」
「なにそれ便利。ずるい」
「ぐずってても妖怪になれるわけじゃないんだぞ」
滲んだ涙を竹千代が袖で拭いてくれる。
「とにかく、これ以上怪我しないようにだけ気を付けるんだぞ」
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