第1話:同族殺しの竹千代 [2/3]
男子会会場
「とわ様が抱かせてくれない」
「今度は何やらかしたんだよ」
机に突っ伏している理玖様に、酒を手にした翡翠が問うた。代わりに俺が答える。
「営みの時にわざととわの声を周囲に聞かせてるのがバレたんだぞ」
「今頃かよ。とわも結構な鈍感だな」
「全くだぞ」
俺も酒を注ぐ。人間の姿だと、飲める量が増えて良い。
「大体理玖様が悪趣味なんだぞ。昔から」
「お前も嫁ができたからって好き放題言いやがって」
理玖様は起き上がって水を飲む。
「竹千代も下戸だと思ったのに獨酒は普通に飲めてるし!」
「葡萄酒は、多分狸の姿で飲んだのが悪いんだぞ。この前もろはの実家で、もう一度試したら平気だったんだぞ」
「この船で下戸なのおいらだけかよ!?」
「飲めれば偉いわけじゃないし、気にすんなって」
翡翠が宥めるが、効いてはいない。
「くそっ! 飲みすぎて勃たなくなれ!」
「別に今夜はする予定無いんだぞ……」
「理玖さんのその、下半身で考えてるとこ直さないと愛想尽かされるぞ」
「尽かされたから共寝お断りされてるんじゃ?」
「た~け~ち~よ~」
「ヒィッ」
机の向かいからグリグリと頭を挟まれる。
「そんなに言うならお前が手引きしてくれよ。摩羅付いてる歴は竹千代の方が長いだろ」
「え?」
「理玖様は生まれ変わるまで、麒麟丸様が造った人形の体だったから、臓腑も何も無かったんだぞ」
首を傾げた翡翠に説明する。
「と言っても女と寝た回数は理玖様の方が多いんだぞ」
理玖様の手からすり抜け、俺は酒を呷る。
「大体、理玖様は何の為にとわを抱いてるんだぞ?」
翡翠も理玖様を振り返る。傾国の美人は俺を睨んだが、気にせず続けた。
「とわの腹には稚が居るんだぞ。この期に及んでとわを寝取ろうなんて奴はこの船には居ないし」
「…………」
「理玖様はとわの為じゃなく、自分の為にとわを弄んでるって言われてもしょうがないぞ」
「……お前は違うってのかい?」
「俺の子を欲しがってるのはもろはの方なんだぞ」
「欲しくもない子供の為にヤッてあげてるって?」
「そんなことは言ってないんだぞ。ただ稚は授かりものだから、それを目的にしてまぐわうのは違うと思う」
「へえ?」
「斬新な考え方だな……」
そうかもしれない。ただ俺がこう考えるのは、あまりにも子の命を、人生を、軽んじる世界で育ったからだと思う。
「俺は、もろはが俺を好いてることを確かめたくて抱いてるんだぞ」
俺は相手を政略で選んだわけじゃないし、もろはも何の肩書も無い俺を選んでくれたのだ。その結果生まれる命であれば、大切にしたい。
「結局それも『自分の為』なんじゃねえの?」
「そうかもな。でももろはも多分同じなんだぞ。だったら互いの為って言えるだろ?」
理玖様は黙っている。翡翠が真剣な目で問うた。
「それって、まぐわう以外の方法で確かめられないのか?」
年上に教えを請われてもな。
「俺達、一緒に暮らして育ったから、口吸いとまぐわい以外は大体した事あったので。特別な行為って案外無いんだぞ」
「なるほど……。にしても、竹千代って達観してるよなあ」
「言いたかないけど、立てに苦労してないんだぞ……」
理玖様が立ち上がる。そのまま部屋を出て行こうとした。
「理玖様」
呼び止めても振り返らない。また言い過ぎたかな、なんて思いながら、俺は酒を器に注ぎ足した。
「理玖さんはともかく、竹千代にとっては溺れる程ってわけじゃないんだな」
翡翠は器を置き、真面目な顔で考え込む。一瞬酒の事かと思ったが、だとしたら言われるべき事が逆だ。そういやこのお方は、まだ女を知らないんだっけ。
「まぐわいですか? 初めての時は正直痛かったんだぞ」
「男も痛いのか!?」
「相手にもよると思うけど……」
初めての日を思い出す。まだ日も暮れていない時分から、抱き締めて、押し倒して。
「……相手を困らせたくなる気持ちはちょっと解るんだぞ。俺も意地悪言ったし、もろはも我儘言った」
可愛かったな。酔い始めた頭には、都合の良い思い出だけが思い浮かんでは消える。何の柵も無く幸せに浸れる。
あの二人旅の最後に、己の手を同族の血で汚した事さえ忘れて。
「でも理玖様は度が過ぎてるんだぞ」
「いや本当に」
「昔から加減を知らないお方だから。でもとわは強いから、そのうち理玖様のことも手懐けられると思いますだぞ」
「だと良いけどねえ。……飲み過ぎじゃないか?」
「まだまだ~」
翡翠が溜息を吐く。酒瓶を奪われた。
「ここまでにしろ」
翡翠を睨む。真一文字に結ばれていた口からは、俺の心を見透かしたような言葉が出てきた。
「酒で何かを忘れられるのは、次の日目覚めるまでだって、解ってるだろ?」
「……へ~い」
俺は最後の一杯を飲み干す。それでこの場は解散となった。
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