宇宙混沌
Eyecatch

竹千代君は口説くのがお上手

 とある町の、とある通り。アタシは竹千代を抱えて、それぞれ野暮用で居なくなっている他の四人を待っていた。竹千代は先程までりおんにあちこちを齧られていて、疲労困憊してぐったりしている。
 ふと、あんなにりおんがしゃぶるんだから、美味い味でもするんじゃないかと思った。ほとんど無意識に、竹千代の丸い耳に口を近付けて、甘噛みする。
「きゃあ!?」
 驚いた竹千代が、アタシの腕を振り解いて地面に降りた。
「いきなり何するんだぞ!?」
「食ったら美味いのかなと思って」
「これ以上誰かに食われることを心配しながら旅したくないんだぞ!」
 竹千代はそう怒鳴ると、人間に変化する。アタシの前に立ち、素早く顔を近付けた。
「え?」
 アタシの疑問の声と同時に、左耳を何か柔らかいもので挟まれた。一瞬の後、竹千代が体を離して漸く、耳を食まれたのだと気付く。
「なっ」
 アタシは[つら]の良い男に怒鳴った。
「何すんだよ!?」
「仕返しだぞ。気持ち悪かっただろ」
 だからもうやめろ、と竹千代は言いたかったのだと思う。けれどアタシは、何か他の、ちょっと違う気持ちになっていて。
「~~~」
 結局何も言えずに俯く。顔が熱い。なんだこれ。
「……そんなに嫌だったか……」
 ああ、何か言ってやらないと、竹千代が自分を責めてしまう。アタシは苦し紛れに言葉を捻り出した。
「お前、その面でせつな達を口説けなかったって、どんな下手な手使ったんだよ」
 系統が違うだけで、理玖と同じくらい整ってるだろ。
「ちょっと噛んだのが悪かったんだぞ、多分。あと尻尾出しっぱなしだったかもしれない」
 ちょうどアタシの視線の先にある竹千代の腰には、今日は何も生えていない。
「そうしてると本当に人間みたいだな」
「ただの化け狸だぞ。この顔だって作り物だし、お前達みたいな生まれながらの別嬪や男前には到底届かないんだぞ」
 別嬪なんて、楓ばあちゃんの欲目だと思ってた。赤の他人から言われるのは初めてで、ますます顔が上げられなくなる。
「……おい、大丈夫か? 顔赤いんだぞ」
 竹千代が人の姿のまま、アタシの顔を上げさせて、再び顔を寄せる。
「熱でも出て――」
 額の熱を知りたかったのだろうけど、今度は口を吸われるんじゃないかと思って、その端整な顔が近付いてくるのに堪えられなかった。思い切り頬を引っ叩いてしまって、通りに乾いた音が盛大に響く。
「やれやれ、こんな人通りの多い所じゃあ、吸わせてもらえるものももらえませんて」
 ちょうど戻って来た理玖が、アタシ達の様子を見てそう言った。
「誤解だぞ」
 竹千代は叩かれた頬を押さえる。
「へぇ? あっしにはずっと口説いてるように見えましたが」
「覗き見とか趣味悪……」
「そっちが気付いてなかっただけでしょう」
「いや、本当に違うんだぞ。もろは熱あるみたいで」
「そりゃお前さんの所為だろ」
「?」
 竹千代は首を傾げている。アタシは理玖の尻を蹴飛ばした。
「客に向かって[ひで]ぇな」
「蹴られるようなことを言うからだ!」
「とにかく、もろはの熱は子狸の姿に戻れば下がるんじゃないか?」
「えぇ……」
 竹千代は理玖の隣に立つりおんを見て躊躇する。
「むー。でも仕方ないんだぞ」
 変化を解く。そして早速りおんに抱き上げられている。理玖の言った通り、その様子を見ていると落ち着いてきた。
「で、本当のところは?」
 理玖が尋ねる。
「教えねー」
 アタシ以外に知られてたまるか。竹千代が、アタシを口説くのがとんでもなく上手いなんて。

闇背負ってるイケメンに目が無い。