第4章:紅を移す [2/5]
「履き慣れねえもの履くんじゃねえな」
町の端まで来た頃には、草履が擦れて足から血が出ていた。
「痛いなら何故もっと早く言わぬ」
「だって竹千代が楽しそうだったから」
竹千代はそれを聞いて黙り込む。落ち込ませたくて言ったわけじゃないんだけど。
「ま、裸足でも平気だよ。いつもそうだし」
「べべに似合わん足元になったな」
「はいはい、どうせこんな上等な着物は似合いませんよっと」
脱いだ草履を手に持って立ち上がると、竹千代は眉間に皺を寄せていた。
「そんなことは言っておらぬが」
「真に受けるなよ。アタシ達いつもこんな感じで、確かに端から見たら喧嘩してるように見えるかもだけど……」
「……紅を貸せ」
「え?」
「話したからかなり落ちておる」
言われるまま差し出す。竹千代は薬指に取って、アタシの唇に塗り直した。
「前にもこうした事がある気がする」
竹千代が貝を閉じて言う。
「あったよ」
思い出してくれたか? 紅を受け取り、期待を込めて尋ねる。
「その後どうしたか思い出せるか?」
竹千代はアタシの口元を見つめたまま、首を横に振る。
「こうしたんだ」
竹千代の腰に腕を回し、背伸びをして顔を近付ける。今しがた差してもらった紅を、竹千代の口にも分けた。
「……思い出した?」
「お前のことは相変わらずわからぬ」
「そっか……」
「でも、お前のことが好きな気持ちは思い出した」
上出来じゃん。今度は竹千代がアタシの背に腕を回して、唇を寄せた。
それが触れる前に、悲鳴が聞こえた。
「妖怪だ!」
「助けてくれー!」
アタシ達は至近距離で顔を見合わせる。
「逃げるぞ!」
「助けるぞ!」
そして同時に違うことを言う。次の言葉は竹千代の方が速かった。
「お前は丸腰な上に手負いなのだぞ!」
妖怪が暴れている音が近付いてくる。竹千代は懐に隠した短刀を抜き、アタシを背に庇って町を離れようとした。
「この爪で!」
「近寄れば先にやられるわ! 船の者に援護を頼みに行ければ……」
「つったって、港はあの妖怪挟んで反対側だぜ?」
「俺だけなら飛べる。お前は此処で大人しくしていろ」
「んなこと言われて『はいそうですか』ってなるタマじゃねーよ」
「正直なところは好ましいが、今は従順さの方が欲しいな」
言っている間にも町の住人が追いかけられている。通りの向こうに見えた相手は、人間よりも少し大きな、鬼のような風体。
倒せなくても、動きを止められれば良いんだけど……。
「そうだ!」
アタシは策を思い付く。竹千代に耳打ちした。
「……なるほど。今どのくらいの大きさなのだ?」
「殺生丸の犬の姿より、ちょっと小さいくらいかな」
「それなら……。お前、絶対に怪我増やすなよ」
「そうならないように竹千代が上手くやれよ」
竹千代は溜息を吐くと、返事の代わりに口付けをして、消えた。アタシは爪を隠すと、何も知らない町娘のフリをして通りに出た。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。
Written by 星神智慧