宇宙混沌
Eyecatch

第4章:紅を移す [1/5]

紅を移す

「お前、足はもう良いのか?」
「飛んだり走ったりしなけりゃ大丈夫だよ」
 竹千代と町を歩く。城下町では無いが、城からそう遠くない港町なので、そこそこ栄えていた。店を見て回る竹千代に訊く。
「金は持ってきてるのか?」
「部屋に結構溜め込んであったのを少しな」
「お前全然金使わないもんな。この紅くらいじゃないか? 生活に必要じゃない物を買ったの」
 袖の中から貝を取り出して見せた。
「儂がお前にやったのか?」
「そうだよ。……わかんないか」
「すまぬ」
「まあ、気長にいこうぜ」
 紅を仕舞い、再び歩き出す。
「いつ出逢って、いつ契ったのだ?」
「んー、出逢ったのは五年くらい前? その頃は、お前は賞金稼ぎの仲介屋で身を隠してて、アタシがそこに身請けされてきたんだ」
「身請け? 殺生丸様の姪なのだろう? 頼れなかったのか?」
「色々事情があったんだけど、全部は説明したくない。骨が折れる」
「とにかく複雑なのは解った……」
「契ったのは去年の晩秋だよ。まだ半年も経ってねえ」
「一番楽しいだろう時期にこんなことになって申し訳ないな……」
「そう落ち込むなって! 大体全部アタシの所為なんだよ!」
「というと?」
「……竹千代が『上で寝るな』って言ったのにそこで寝てさ。案の定落ちて足捻ってさ。走れないから敵の攻撃を避けられなくて、お前が庇ってくれたんだよ」
「本当に全部お前の所為だった」
「だからそう言ってるじゃん!」
「しかし、何の上で寝たのだ? 船の天守か?」
「いや、お前の上」
 竹千代が首を傾げる。それを見てアタシも傾げる。
「儂の上から落ちて足を捻るとは……?」
「あー、一昨日お前、完全に変化[へんげ]解いて狸になってたんだよ」
「はあ!?」
 大声を出され、一歩引く。通行人が振り向いたのを見て、竹千代は声の調子を戻した。
「そんな恥を晒したのか儂は……」
「前から気になってたんだけど、本来の姿見られるの、なんで恥ずかしいの?」
「変化しない狸は妖狸ではなくただの狸だ」
「なるほど」
「あー尋常じゃなく恥ずかしい。嫁といえどあの姿を見せるなんて」
「前にも見せてくれたことあったぜ」
「儂の価値観十年でどうなってしもたんじゃ」
「いや、恥ずかしいとは言ってたよ。ここまでじゃなかったけど……」
 その時、豆腐売りの姿が目に入る。
 竹千代は豆腐に呪いをかけられて食わされた所為で、それを見るだけでも恐怖で動けなくなってしまう。慌てて竹千代の袖を掴んで背を向けさせようとしたが、その前に気付かれた。
「豆腐はああやって売っておるのか」
「え?」
 あ、そっか。殺されかけた記憶も飛んでるから、別に怖くないんだ。
「食いとうなった。帰りに会えたら買って帰ろう」
「好きなのか? 豆腐」
 竹千代は頷いて、歩を進める。暫くして、違和感を顔に浮かべてアタシに振り向いた。
「夫の好物を知らんのか?」
「……船の上じゃなかなか食えないからさ」
「五年も共に居るのだろう?」
「あー、アタシは好きじゃないんだ」
「……そうか」
 苦し紛れの嘘、通用したか? わからないけど、それきり竹千代は豆腐のことは口に出さなかった。

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