陰と光 [4/6]
「竹千代は狸の妖怪?」
「……見てわからんのか」
「わかるけど、念の為の確認っていうか?」
俺ともろはは同じ部屋に横になっている。そして俺は質問攻めに遭っている。
「そういうお前は何なんだぞ?」
「アタシ? アタシは親父が犬妖怪と人間の半妖で、お袋が人間なんだってさ」
「四半妖か」
道理で妖力が弱いわけだ。
「竹千代はなんで屍屋に居るんだ? アタシと同じで借金背負ってるとか?」
「…………」
「親が居なくて獣兵衛さんに育ててもらったとか?」
「…………」
「無視かよ」
「まあ親は居ないんだぞ。それ以外の事は話せん」
「そっか」
それでやっと訊くのを止めてくれた。狸の姿は見られたくないから早く寝てほしいんだぞ。
「最後に一つだけ良い?」
「何だぞ」
「幾つなんだ? アタシ妖怪の年齢当てるの下手でさ」
「上手い奴の方が少ないんだぞ、それ」
俺は寝返りを打って、もろはの顔を見る。
「もろはは十二ってところか?」
「当たり!」
「じゃあ俺もそれで」
「じゃあってなんだよ。本当は違うんだな?」
「さてなー」
「二人とも、そろそろ静かにせんか」
「「はーい」」
隣の部屋から獣兵衛様が顔を覗かせる。静かになった部屋で、衣擦れの音が聞こえた。
「やっぱり寒いだろ? ほら、入れよ」
「構うなって言ってるんだぞ」
俺はもろはの手を払い除けると、部屋の隅まで移動する。
本当はもう十四なんだぞ。きっと「若君」のままでいたら、今頃は元服して、嫁の一人や二人居たかもしれないんだぞ。
「うぇっくしょい!」
「風邪か竹千代」
「みたいだぞ……」
「狸の姿で寝なかったのか?」
「もろは寝相悪いんだぞ。部屋の真ん中に陣取られたから、踏み潰しそうで」
「なるほど」
「あ~~理玖様の依頼もあるのに!」
くしゃみが出るから、姿を消して偵察することも適わない。今日のところは大人しく寝るとする。
昨夜もろはが寝ていた夜着に潜り込むとすぐ、意識を失う。
夢の中で俺は誰かに抱かれていた。顔はわからない。けど、辛うじて唯一残る、あの方との記憶だ。
「母上……」
そうお呼びすることは叶わなかった。弟を恨んではいないが、それはとても無念に思う。母上だって俺があの家を継ぐのを――
そこまで考えて、目覚めた。俺の体は夜着にこそ包まれていたが、床から浮いている。
「もろは何してる」
懐の短刀の位置を確かめる。身請けを装った刺客か?
「魘されてたから。昨夜ごめんな」
う、寝言言ってたか。余計なことを言ってなければ良いが。
もろはは俺を床に戻す。
「薬草とか摘んできたから、飯作ってやるよ」
俺は眉を顰めた。俺は自分が用意した食事しか食わんことにしている。
しかしこの笑顔が、薄い掌と細い指が、毒や呪いを盛るようには思えなかった。
「……お前、此処に来る前に俺の話を聞いたか?」
念の為確認しておく。本当の刺客なら、正直に答えないとは承知の上。
「いや? ていうか、屍屋に売られたのも成り行きでさ」
「……そうか」
俺は夜着を引っ張って整えると、覚悟を決めた。
「お前料理上手いんだろうな?」
「食えないような物は出さねえよ」
暫くしてもろはが雑煮を持ってくる。恐る恐る口に入れた。何も起きない。
「帰ったぞ」
「獣兵衛さん。おかえり」
「ん? 竹千代、それは……」
「アタシが作ったんだ。獣兵衛さんも食べる?」
獣兵衛様は答えずに俺に近寄る。涙を流していた俺の頭を撫でた。
「良かったな。頑張ったなと言うべきか?」
「なんで泣いてんの!? 泣くほど不味かった?」
「熱で気が弱ってるんだろ。そっとしといてやれ」
獣兵衛様が気を遣って誤魔化してくれる。一人になって、俺はゆっくりと茶碗の中の物を平らげた。
何も起こらなかった。ただそれだけの事が、俺にとっては大きな意味を持っていた。
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