宇宙混沌
Eyecatch

陰と光 [3/6]

「少し出掛ける。ついでに、狸平の手の者を見かけたら、嘘を流しておいてやろう」
「お気をつけて」
 理玖様が是露様に声をかける。
「ご親切痛み入ります」
 俺も言うと、是露様は薄く微笑んだように見えた。
「さて。虹色真珠の在処が解ったって?」
「少し足取りが判っただけだぞ」
 俺が今居るのは、是露様の拠点、つまりは麒麟丸様の船の中だった。麒麟丸様はこの数年、再び長い眠りに就かれているらしい。
 こんな所まで乗り込んできた理由は二つ。一つは、理玖様が長年所在を探していた、金銀の虹色真珠の持ち主について、俺が新しい情報を得た。
 もう一つは、それを聞き込んでいる最中、狸平の者が屍屋の近辺まで俺の捜索の手を広げているという噂を聞いたからだ。それで理玖様に相談したところ、暫く船で匿ってくれることになった。是露様にも俺の事情は話したが、屍屋との関係や虹色真珠の話は是露様の前では禁句だと言う。
「十年程前までは禍一族の元にあったみたいですが、殺生丸様に奪われたとのことだぞ」
「殺生丸?」
 理玖様はふむ、と顎に手を当てて考える。
「こりゃあ、厄介だな……」
「?」
「アネさんが殺生丸にちょっかいかけたりして、ややこしい事になってるのさ」
「殺生丸様も、強くてお美しい妖怪と聞き及んでいるんだぞ」
「そうじゃねえよ。アネさんが好きだったのは殺生丸の親父さ」
「急に話がドロドロし始めたんだぞ……」
「俺もあんまり触れたくねえよ。しかし、殺生丸が二つも持ってるとなるとまずいな……まず正攻法では奪えねえ」
 殺生丸様自体が日本[ひのもと]一の強さとも言われている。それにあの真珠が二つとなると、確かにもう誰も敵わないな。
「……そういや」
「?」
「殺生丸には娘が二人居たな。アネさんは[ほむら]に焼き殺させたって言ってたが……」
「更に話がドロドロしていくんだぞ……」
「虹色真珠があれば、焔の炎にも耐えられるかもしれねえ。焔が来なくったって、なんぞの時の為に娘に渡しておいたってのは十分考えられる」
「はあ……」
「竹千代」
 理玖様は俺を見下ろす。
「次の仕事は、殺生丸の娘の捜索だ」
「へーい」

 数日船で過ごしてから屍屋に戻る。
「ただいま」
 そう言って中に入ると、そこには可愛い生き物が座っていた。濡羽色の長い髪と、それを纏める大きな赤い髪飾り。同じ色の短い着物から飛び出た細い手足。振り返った顔はまだ幼い。
 人間の女子? いや、弱いが妖力がある。なんだこいつ。
「随分長かったな。理玖様[あのおかた]と遠出か?」
「そんなところだぞ。それより獣兵衛様、誰なんだぞこいつ?」
もろはだ。あのお方からの依頼を片付ける為に身請けした」
「あのお方って?」
 女子が獣兵衛様に尋ねる。俺が答えた。
「知る必要は無いんだぞ」
 理玖様のやろうとしている事は秘密だ。理玖様の許可が下りない限り、俺達がその名を他人に教えることはない。
「そうかよ。つーかお前は誰なんだよ」
「俺は……」
 答えられなかった。何と答えたら良いのかわからなかった。代わりに獣兵衛様が答える。
「竹千代だ。うちの上客の付き人のような事をしている」
「へえ。よろしくな、竹千代」
 もろはが笑う。その様が眩しくて。
 途端に俺が抱えている陰が、どす黒くその存在を主張してきた。
「……フン、身請けされたのが遊女屋じゃなくて良かったな」
 身売りさせられて、どうして笑っていられるんだ。
「せいぜい一生懸命働いて、早いとこ借金を返せば良いんだぞ」
 俺は幾ら働いたって何処にも行けない。事実、理玖様からは既に、十分に独り立ち出来るだけの報酬を戴いている。けれど、何処にも行く当てなんて無い。
「言われなくてもそうしてやるよ!」
 んべ、ともろはは舌を出して、再び獣兵衛様に向き直る。
「それで、アタシこれからどうすれば良いんだ? 此処に住んで良いのか?」
「それは構わんが、夜着の余分は無いぞ」
「えー?」
「それだけしか荷物無いのか?」
 見かねて問うてしまった。もろははごねるのを止め、俺を振り返る。
「うん」
 着の身着のまま、か。昔の自分を思い出す。いや、俺は行方を眩ます為に、途中であの家の匂いの染みついた服を捨ててきたから、もっと酷かったのだっけ。
「俺の夜着で良ければ半分貸してやる」
「それって小さいんじゃないの?」
「ちゃんとした大きさのやつだ」
 獣兵衛様が補足する。
「うそ? ほんと? やったーありがとう竹千代!」
 もろはが俺を抱え上げ、抱き締める。理玖様ほどではないが、その手の先はひんやりしていた。
「半分だけなんだぞ! 全部取るなよ」
「わかってるよ」
「一生懸命働いて、さっさと自分の夜着を買うんだぞ!」
「そんなに言うなら貸してくれなくていーよ!」
 急に手を放され、床に落ちる。無礼者、と怒鳴りかけたがすんでの所で抑えた。
 貸さないことにするか? いや、でも、既に冷えてるみたいだし、妖力も弱そうだし……。指南役には女子の体を冷えさせるなって言われたんだぞ……。
 はあ。俺は腹を括った。
「女子を凍えさせるほど俺は腐ってないんだぞ!」
 全部貸してやる。俺は最悪、完全な狸の姿に戻れば良いしな。

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