宇宙混沌
Eyecatch

陰と光 [1/6]

忘るべし 定めに[]りし川流れ 落つる紅葉の得らるゝ[うらるる]は無し

 りいん、と風鐸の様な音がした。はて、獣兵衛様が下げたのだろうか。随分と気が早い。
「上手いじゃねえか」
 背後からそう言われ、俺は驚いて顔を上げた。気を抜いていた訳じゃないのに、足音に気付かなかった。
「だが、お前さんの歳で世を儚むのは早すぎやしねえか?」
 とんでもない美人だ。逆さまの顔でもそう思った。俺は箋を閉じ、向き直る。
「何も――どちら様なんだぞ?」
 「若君」であった頃の言葉遣いをしそうになり、慌てて言い直す。
「おいらは――」
「理玖様、お着きでしたか」
「ああ獣兵衛さん。こいつが例の?」
「竹千代にございます」
 俺は二人の様子に警戒し、隠し持っている短刀の位置を確かめた。獣兵衛様を疑いたくはないが、金や脅しに屈して俺を売り飛ばさないとは限らない。八衛門とタカマルには悪いが、人質になるくらいなら死んでやる。
「お前の事情は聞いたよ」
 理玖様、と呼ばれた美丈夫が言う。鞘から抜いた俺に、獣兵衛様が鋭い声を飛ばした。
「早まるな竹千代! 理玖様はお前の家の騒動などに興味は無い」
 俺は刃を己の喉に添えたまま問う。
「その理由[わけ]は?」
「理玖様は麒麟丸様の直属の配下であらせられる」
「麒麟丸様の?」
 なるほど、それなら合点がいく。麒麟丸様にとって、所詮田舎の一領地を治めているだけの狸平[まみだいら]を、揺さぶり手に入れる利点は少ない。
 俺は刀を納める。獣兵衛様がほっとしたように続けた。
「竹千代、お前は今日からこの理玖様の手足となれ」
「俺が?」
「理玖様はある事をお望みでな」
「しかし麒麟丸様には知られたくないのさ。そこで、賞金稼ぎに仕事を依頼するのは勿論なんだが、小回りが利いて頭の良い、妖術に長けた部下が居ると便利だと思ってね」
「お前にうってつけの仕事だろう?」
「…………」
 俺は考える。人質になるくらいなら死ぬが、それは人質になる方が俺の家来に迷惑がかかるからだ。俺が死ねば俺の家来の立場や、場合によっては命も危うい。獣兵衛様もそれは解っていて、だから俺を戦う仕事には向かわせない。
「俺の命の保証は?」
「そりゃあ、おいらがすることになってる」
「危険な仕事は任されない。給金も戴けるし、悪くない話だろう」
「……わかりました」
 それが理玖様との出会いだった。

 初めに申し付けられたのは、妖怪探しだった。
「お前さん、人を乗せて飛べるんだって?」
「一山越える程度なら」
「十分さ。おいらも飛べるが、どうにも足が遅くてね」
 ついて来るらしい。俺は屍屋の前で飛行形体に変化[へんげ]する。
「へえ」
 理玖様は感心した声を出した。
「思ったよりずっとちゃんとしてるじゃないか。さっき着てたのも妖鎧だろう? 並大抵の技じゃないぜ」
 そりゃあ、並大抵の血筋ではなかったからな。
「おいらはどうも変化が苦手でさあ。お蔭で服が傷む一方でやんの」
 俺は黙ったまま、視線で早く乗れと促す。理玖様がお喋りを止めて笠の上に座ったのを確認し、飛び立つ。
「本日は何方へ?」
「まずは窮奇だな。女子供は嬲りたくねえが、あいつは別だ。北へ飛んでくれ」
 これは何日も帰れない気がするな。そう思って、気付く。別に屍屋に帰りたいわけでもない。俺が帰りたいのは――
「こりゃ良い。すぐに見つけられそうだ」
 理玖様は楽しそうに笑う。
「それは良かったんだぞ」
「お前もうちょっと活き活き喋れねえのか?」
 理玖様の声が、皮肉な嘲笑に変わった。
「まるで木偶の坊みたいな話し方しやがる」
「……正しく傀儡なんだぞ、俺なんて」
 「若君」の座に据えられて、虚飾に塗れていただけだ。それは解っているのに、それでも俺はあの生活を忘れられなかった。弟に一目会いたかった。
「獣兵衛さんには、元は利発で快活な子供だったって聞いたぜ」
「獣兵衛様も昔の俺は見たことがない。ただの又聞きなんだぞ」
「ふうん」
 理玖様は暫し黙る。しかしまたすぐに口を開いた。
「お前、他には何が出来る?」
「学問は学んでいる途中でしたが、詩歌や算術は得意でした。兵法も少しは。逆に体術は大したことは出来ません。妖術であれば、変化の他には姿を消したり、火や風を起こすことが出来ます」
「なるほど。獣兵衛さんの言う通り、おいらが出来ないことばかり出来るな」
 引き返してくれ、と言われたので、大人しく従う。
「山一つと言わず、三つ四つ越えられるよう、まずは体力を付けてくれ。なに、二、三年は待ってやるよ。お前はまだ子供だし、おいらはもう二百年もこれに費やしてて、そのくらいは遅れたって大差ねえ」
「はあ……」
「時々遊びに行くよ。賞金を懸けたい奴は定期的に現れるんでね。ついでに虹色真珠ってやつも探しといてくれねえか? 後で実物を見せてやるから」
「…………」
 なんだろう、この違和感。麒麟丸様の直々の配下ともあろうお方が、賞金稼ぎなんかに仕事を頼むなんて。
「理玖様は何の為に俺達を雇うのですか?」
「何の為に、か」
 答えてくれないのかと思ったが、その言葉には続きがあった。
「二つあってね。一つは、おいらの慕ってる人の為なんだ。もう一つは」
 理玖様はその言葉を、今日一番のはっきりした声色で言った。
「おいらが消えて喜ぶ奴の為に生きるなんて、まっぴらだと思ってさ」
 それから俺に囁く。
「竹千代もそう思うだろ?」

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