末摘花 [8/8]
花弁
「竹千代さあ」
「ん?」
あれから二年。俺達はあの日と同じ場所で、木の幹に背を預けて寄り添っていた。
理玖様はもろはを殺さなかった。俺はもろはを手折ったわけではなかった。
「あの時、一人で村を出ていこうとしてたのか?」
「なんでそんなこと訊くんだぞ」
「いや、お前にしちゃ妙に大胆な決断というか……」
もろはに隠し事は無理だな。
「そうだぞ」
「やっぱり。もしあのまま契ってたらさ、二人で何処か遠くに行ってた?」
「どうだろうな。ヤってる最中に村の奴等に鉢合わせたかもだぞ」
「うわ~それ嫌だ」
「結果的にこれで良かったんだぞ。お前は両親にも会えたし」
それで思い出す。もろはに振り向いた。
「お前、良いのか? やっと借金返したのに、また親と離れ離れになって」
「もうお別れは済ませてきたよ。それに今生の別れって訳じゃないし」
「そうか」
「お前は挨拶しねえの?」
「誰に?」
「アタシの親父とお袋に」
「ああ……」
俺は頭を掻く。
「『段取り』か……いきなり嫁にくれっておかしくないか?」
「家族ぐるみの付き合いなんて悠長な事言ってる時間ねえし、良いんじゃ?」
「確かに」
俺は見上げるもろはの瞳を見つめ返して、顔を寄せる。今日は口吸いまでだ、我慢しろ、俺。
「……口吸い上手」
「どうも」
「竹千代さあ、あんな噂立てられるなんて、やっぱり日頃の行いなんじゃねえの」
「別に日頃からは抱いとらんわ」
「やっぱりたまにヤってたんじゃねえか……」
「お前が屍屋に来てからは一度も」
「ふーん」
ぽすり、ともろはは頭を俺の胸に預ける。
「もっと早く売られてこれば良かった」
「いや、絶対面倒な事になるから村の中で手は付けないんだぞ……」
「村の外なら良いのかよ!」
「良いというか、出先で困ってるとこ助けてもらったら強く出れないんだぞ」
俺はもろはの頭を上げさせて、胸元を緩める。
「過去の事は仕方無いけど、今後の事はもろはにだって色々やりようはあるんだぞ」
もろはは俺の肌を睨んで黙っている。
「吸ったくらいじゃ一日で消えると思うが……」
「じゃあ毎日付けさせろ!」
もろはが俺の着物を掴んで、胸に唇を寄せる。一つ、二つと花弁が散る。俺はもろはの気が済むまで、濡羽色の髪を指に絡めていた。
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Written by 星神智慧