宇宙混沌
Eyecatch

末摘花 [6/8]

上客

 牙を抜かれた。狸の姿じゃ刀を振るえない。というか、刀自体取り上げられてしまった。
「穀潰し」
 部屋に引きこもって、自分を罵る。どれだけ獣兵衛様に迷惑をかければ気が済むんだ。
「竹千代」
 その声が聞こえたのだろう。衝立の向こうから、もろはが恐る恐るこちらを覗く。
「気晴らしにさ、出掛けないか?」
「何処へ」
「山とか?」
「何しに」
「別に何も……。そうだ、また花輪――」
「要らないんだぞ、そんな物」
 俺は立ち上がって、もろはを睨んだ。立ち上がったところで、座ったもろはよりも視線が低いのが忌々しい。
「お前は早く借金返して出てけ。また案件溜まってるんだぞ?」
「……解ったよ。ったく」
 もろはが出て行った後、もう見えない背を見送る。
「後悔するくらいなら言わなければ良い。口は災いの元だ」
「獣兵衛様」
「仲良くしろ。毎日毎日喧嘩しやがって」
「すみません……」
 部屋に戻ろうとしたが、引き留められる。
「お前に客を付ける」
「は? 俺、この姿じゃ戦えないんだぞ」
「お前、少し前に空飛んだりしてただろ。あれ、誰かを乗せて出来ないか?」
「試したことないです」
「ならもろはで練習しておけ。理玖様[あのおかた]は倍近くあると思うぞ」
 飛行形体に変化するのは構わないのか。
「それから、もろはを含め、第三者にはお客様のことを何一つ伝えるな」
「どのような方なのです?」
 仕事内容は足代わりか、運び屋か。何方でも良いが、秘密主義に良い奴は居ない。だって俺がそうだから。
「やんごとなきお方だ」
「ふうん。俺よりも?」
「ああ」
 ……一体誰なんだぞ。自分で言うのもなんだが、俺も結構身分が高いんだぞ。
「そして[よんどころ]無いお方だ。お前と同じくらい」
 その時、店の外に突然気配が現れた。
「いらっしゃった」
 外に出ると、小雨が降っていた。それを気にする様子も無く、一人の男が、店の傍に咲いているとげとげした花に触れた。
「末摘花の季節か」
 一本だけ咲いたそれを、男は容赦無く摘んでしまう。愛でるのかと思いきや、少し見つめただけで路端に捨てた。此方に振り向く。
「そいつが例の?」
「ええ。竹千代、お前が人間に化けられない事情は説明してある。それ以外は理玖様の指示に従え」
「理玖様」
 俺は打ち捨てられた花に目が釘付けになっていたが、顔を上げてその男を見る。
 欠点の無い綺麗な顔。着物はぼろぼろだが、その下に隠されている体の肉付きは良い。人間のように見えるが、滲み出る妖気が人じゃないと物語る。
 何の妖怪だ? 変化[へんげ]している様子もないから、狐や狸じゃないな。
「竹千代、挨拶せんか」
「あっ、その、竹千代と申すんだぞ」
 不気味だ。そして、冷徹だ。
 頭を下げた時、再び花が目に入る。それにもろはの顔が重なった。
 獣兵衛様に言われるまでもない。どう見てもヤバい奴なんだぞ。好奇心の塊のもろはには、できたら存在も隠しておきたい。近付けたら、どうなるか……。
「なんか思ってたのと違うな。賞金稼ぎで毎日のように殺してたんだろ?」
 言われて気付いた。俺が理玖様に感じる不気味さはきっと、村の者達が俺に感じていたものと同じだと。
 圧倒的な力を持っていて、見せつけるかのようにそれを使う。恐ろしい筈だ。関わりたくない筈だ。関わってほしくない筈だ――己の大切な人とは。
「もろは程ではありませんが、きちんと仕込まれてますから腕は確かです。今は刀を振れませんが」
「解ってるよ。しかし、犬夜叉の娘か……楽しみに取っておくよ。殺すのは」
「ころっ!?」
 叫びそうになったが、獣兵衛様に口を塞がれる。何だ? 黙って聞けということか?
「仕事の内容は是非、理玖様から直接ご説明いただければと存じますが」
「良いよ。とある妖怪達に賞金を懸けたいのさ」
「ぷはっ。俺、戦えないんだぞ?」
 もう何度言ったかわからない事情を繰り返す。
竹千代[あんた]は奴等の居場所を突き止める。そしてもろはに仕留めさせる。おいらが良いと言うまで、依頼人が誰なのかは臥せてくれ」
「……その相手というのは?」
「麒麟丸の四凶」
 聞き間違いかと思った。きりんまるのしきょう。麒麟丸の、四凶?
「麒麟丸様の直属の配下ではありませんか」
「ああ。直属の配下は、皆これと同じ物を一つずつ持っていてね」
 理玖様は懐から、小さな緑色の珠を取り出す。
「虹色真珠だ。色違いで全部で七つある。おいらはそれが全部欲しい」
 単純明快な依頼内容で助かる。要は賞金を懸けるのはただの建前で、本音は相手の生死を問わず、欲しい物を手に入れて来いということだ。
 しかし、それともろはを殺すことが繋がらない。それに、いつから屍屋はただの殺しの仲介屋になったんだぞ? 賞金というのは、基本的には罪人に懸けるものだ。
「理玖様も相当なお力を持つ方とお見受けします」
 先程の言い草なら、彼も麒麟丸の直属の配下ということになる。とすれば、四凶と同格か、それより強い可能性だって。
「何故ご自分で奪いに行かないのですか?」
「こら、竹千代!」
 諌めた獣兵衛様を、理玖様が仕草で黙らせる。
「おいらは愛してる奴しか殺さないって決めてるのさ」
 何だそれ。こいつ、もろはに一目惚れでもしたんだぞ? しかも殺すって。
「他に訊きたいことは?」
 ますます混乱した。訊きたい事など山ほどある。しかし、どこまで首を突っ込んで良いものか……。
「では一つだけ。理玖様は一体、何の妖怪なのでしょう?」
「おいら? 麒麟さ。珍しいだろ」
 言って理玖様は真珠を弾いた。緑の珠は俺の掌に収まり、その瞬間から俺の血が騒ぎ始めた。
「それは預けておく。好きに使いな」
 そう言うと、彼は耳飾りを弾いて消えた。

Written by