末摘花 [5/8]
未遂
事態は思いも寄らない方に転がるものだ。それも、悪い方向に。
「ヨネちゃん、お腹に子供が居るそうよ」
「一体誰の子?」
「それがわからなくて」
「竹千代がずぶ濡れのヨネを背負ってるの見たって」
「前から時々一緒に居たもんな」
「竹千代がやったに違いない」
「だってあいつは」
妖怪だから。
「儂は竹千代君じゃないって信じとるよ……」
噂を聞いた親父さんが謝りに来てくれた。
「親父さんは悪くないんだぞ。謝らないでください。それより、ヨネの傍に居てあげてほしいんだぞ」
帰ってもらったのと入れ違うように、もろはが帰ってくる。
「どうしたんだよ、険しい顔して」
「もろは……」
もうどうして良いかわからなかった。もう村には誰も味方が居ないと思った時にヨネと出会った。でもヨネを助けた事で、俺は根も葉もない噂に、自分でそれらしい根拠を与えてしまった。
助けなければ良かった? そんなことできるか。そんなことすれば――俺だってこの村の奴等と大差無い。いや、それ以下だ。
「竹千代?」
この村を出る。そんな考えがちらついたが、目の前のもろはを見ると躊躇われた。
「……いや、少し、疲れてるだけだぞ……」
「そうなの? 夕飯アタシが作ろっか?」
もろはが俺を覗き込む。紅い花弁が揺れるように。
「お前がやると鍋が駄目になるからやめるんだぞ」
「そこまではっきり言わなくても……」
もろはは大丈夫だ。村人にも嫌われてない。連れて行って、次の仕事の目処がつくまで、ひもじい思いをさせるわけにもいかぬし。
置いて行こう。そしてさよならだ。
どうしてか、そう自分で下した決断の方が、村の奴等に投げ付けられた石や言葉よりも痛かった。
いつ出て行こうか。飯の支度をしながら考える。西の方は将監の目が光っているし、次に北東方面で遠くに行く案件が来た時、が一番安全か?
しかし事はそう上手く進まない。時々あることだが、屍屋に持ち込まれる依頼が減ってきた。家事をきちんと熟しても時間が余る日が増え、その日は、もろはと二人で山菜採りに出掛けた。
「良いなー。竹千代と結婚したらあの美味い飯毎日食えるのか」
「……もろはは俺と結婚したいか?」
まただ。もろはが花に見えた。
「したいって言ったらしてくれるのかよ!?」
「構わないぞ」
野に咲く花を連れて行くにはどうしたら良い? 簡単だ。摘んでしまえば良い。やがて萎れるのに? 萎れる前に食ってしまって、新たな血肉とすれば良い。
「もう今日このまま行方を晦ますんだぞ」
着の身着のまま逃げ出すのも初めてじゃない。しかも今回は、ほら、大好きな花を持って行ける。
……なんて、俺の思い通りには、結局ならなかったんだぞ。
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Written by 星神智慧