宇宙混沌
Eyecatch

末摘花 [4/8]

事件

 もろはが身請けされて一年と少し経った頃。俺はその日も仕事に出て、首を狩って、帰途に就いていた。
「お兄さん寄ってかない?」
 ある町の外れで、真っ昼間だというのに声をかけられる。
「いや……」
「あら、いつぞやの。覚えてるわ。少し背が伸びた?」
 遊女は自分の口元を指さした。ほくろで思い出したのか。
「客の顔一々覚えてるんだぞ?」
「皆じゃないよぉ。貴方若いのにとっても上手かったから。ね、どう?」
 女も金に困っているのだろう。それは解っているが。
「……早う帰って、飯を作ってやらんとなんだぞ」
「あら、家族ができたの?」
 家族……。
「そんなところだぞ」
「じゃあ仕方無いわね。奥さんで満足出来なくなったらまた来てね」
 二度と行くまい。勿論、若い体は疼くこともある。けれど、一夜の甘い夢の後には、前よりも増して苦い現が待っている。
「家族なあ……」
 狸穴に居たら、今頃元服して、妻を娶って、子供の一人か二人居たかもしれない。何より、弟も傍に居てくれただろう。今更帰りたいとは思っていないが、それでもあった筈の未来を、幸せの形を思うと、己の境遇を嘆きたくなる。
 道を歩くのはやめよう。川沿いに山を下っていて、村の近くまで来た時に何かを見つけた。
「げ、水死体……?」
 気付いてしまったものは仕方がない。まだ息があるかもしれないし、一応確認の為に川に入って、息を呑んだ。
「ヨネ!」
 慌てて揺さぶる。幸い顔は水の外に出ていた。
「ヨネ! しっかりするんだぞ!」
 頬を引っ叩くと、呻きが返ってくる。
「あ……たーえ、よ……」
「良かった。俺のこと判るか」
 背負おうとして、ヨネの着物が酷く乱れていることに気付く。
「水浴びにはちと早いぞ。今度は親父さんと一緒に来るんだぞ」
「た、たーえ……」
 着物を軽く整えてやっていると、ヨネが急に震えだした。
「どうした? 寒いんだぞ?」
「あ……う……」
 訊いても解らぬか。この舌足らずさ、恐らくは耳もよく聴こえておらぬようだからな。
 家まで送り届けてから、屍屋に戻る。
「なんで濡れてんの?」
 先に戻っていたもろはが首を傾げた。
「人命救助」
「お前が?」
「ヨネが川の中で倒れてたんだぞ」
「ヨネ……?」
「居るだろ、舌足らずで、ちょっとぽっちゃりしてる」
「ああ、あいつね。親父さん良い人だよな。……竹千代」
 もろはが俺の着物を掴む。顔を寄せて、臭いを嗅いだ。
「なんかちょっと……アタシが此処に来た時みたいな臭いする……。あと、誰だろ、人間の男かな……」
 俺は血の気が引いた。あの遊女か? いや、今日は触られてもいないんだぞ。
 だとすると、ヨネに付いていた臭いだ。ヨネは……ヨネが震えていたのは……。
「竹千代!?」
 俺はヨネの家にとんぼ返りする。心苦しいが、親父さんには伝えておかねば。
「ヨネは……誰かに襲われて、証拠隠滅の為に川に落とされたのかもしれない!」

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