宇宙混沌
Eyecatch

末摘花 [2/8]

昔話

「竹千代は妖怪みたいだけど何の妖怪?」
「狸」
「へえ! アタシ妖狸には初めて会うよ!」
「今までどこに暮らしてたんだぞ」
 化け狸なんて、山にも人里にもうじゃうじゃ居る筈だ。大抵何かに化けていて、正体が判らないというのはあるかもしれないが。
「妖狼族の里」
「お前狼だったか?」
「ううん、犬妖怪。つっても人間の血の方が多いけど」
 まあ、屍屋[こんなところ]に流れ着くなんて、どいつもこいつも訳ありなんだぞ。
「竹千代はなんで屍屋[こんなところ]に居んの?」
 その質問には答えられない。黙っていると、もろはは無理矢理俺の視界に入り込む。
「ねえってば」
 面倒くさい。その言葉は飲み込んで、代わりに警告しといてやる。
「お前、あまり俺の傍をうろつかぬ方が良いぞ」
「なんで?」
「なんでも」
 俺は刀を提げて店を出る。俺の姿が見えると、道に出ていた村人達は目を逸らしたり、家の中に戻ったり、或いは睨みつけたりしてきた。

 切っ掛けは――俺だ。此処に来て間もない頃、親切な村人が「親が居ないなんて可哀想に」と俺に食べ物を持って来てくれた。俺は受け取れなかった。まだ、他人が用意した食べ物を口にできる程、心の傷が癒えていなかった。
 最初は、「愛想の悪い子狸」で済んでいた。俺は挽回しようと、人間に化けて仲間に加わろうとした。そしたら逆に気味悪がられた。
 それはそれとして、自分の食い扶持は自分で稼がねばならない。初めは屍屋の仕事を手伝っていたが、やがて稼ぎの良い賞金稼ぎに手を出した。毎日のように妖怪の死体を村に持ち帰る俺を見て、村人は益々俺を嫌悪した。
 ああ、もう修復できないのだ。そう思ったのは、村の子供に初めて石を投げられた時だった。
「化け狸ー!」
「出て行け、他所者!」
 頭に直撃した石が地面に落ちる。そこには血が付いていた。
「……おい」
「ギャー! 妖怪が怒った!」
「殺される~助けて~」
 腹が立つよりも先に、どうしようもなく悲しかった。理由もなく厭われるのは、これが初めてじゃない。
「『殺される』……?」
 戯けたことを。
「殺されたのは、俺だ……!」
 走り出す。頭の傷なんかどうだって良い。この程度、明日には痕も判らないだろう。
 だって俺は妖怪だから。人里で暮らすなど端から無理なのだ。いや、だからこそ、弥勒様は俺を此処に隠したのだろうけど。
「あうっ」
「わっ!」
 屍屋まで突進していたら、角から出てきた誰かを弾き飛ばしてしまった。
「悪い! 怪我は無いか!?」
 その女は独りで立ち上がると、俺のことは無視して土の付いた尻を叩く。
「ヨネ? どうした?」
 家の中から父親らしき男が出てくる。
「あーった」
 ヨネと呼ばれた少女は、そう言って俺を指さした。
「すみません、前見てなくて、突き飛ばしちゃったんだぞ」
「そうかい。まあ怪我は無さそうだし。君は竹千代君だったか?」
「え、ええ」
「君のが怪我をしとるね」
「あっ、これは今ぶつかった所為じゃないんだぞ。お気遣いなく」
「そうかい。ヨネはこの通り知恵遅れでな。この子も他の子供達から仲間外れにされとるんよ」
 しれっと俺も含まれてるのが若干癪だが、事実なので黙っている。
「仲良くしてやってくれとは言わんが、危ない目に遭うたり迷子になったりしとったら、助けてやってくれんか」
「まあ、そのくらいなら……」
 言ってしまってから、「しまった」と思った。面倒な予感がする。
 ……けど、頼りにされた。それで少しだけ、もう少しだけ頑張ろうと思えた。
「良かったなヨネ。こちらの方は竹千代という名だぞ。解るか?」
 俺は改めてヨネを見る。ヨネは笑って、舌足らずな口で俺の名を繰り返した。
「たえいよ!」
 ヨネは別嬪だった。歳は俺より少し上か?
 それでもその時は、ヨネが花になんて、見えなかったんだぞ。

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