宇宙混沌
Eyecatch

第2章:理玖、教えを実践する [2/4]

 悪口言うなとは言ったが世辞を言えとは言ってないんだぞ。
 俺は遠くの茂みから三人の様子を眺めていた。俺の言葉を鵜呑みにして、意気揚々ととわに会いに行く背を見ると不安しかなかったが、案の定。
「あれどうやって挽回させるんだぞ」
「何やってんだ?」
「ヒョエッ」
 急に声を掛けられて体が強張る。その隙に抱え上げられた。
「もろは! 後ろから声掛けないでくれっていつも言ってるんだぞ!」
「ごめんごめん。で、何してんだ? たえ坊の世話は?」
「さっき爺さんが迎えに来たんだぞ。今度は理玖様が俺を誘いに来て――」
 もろはに事情を説明する。理玖様がとわの事を好きだというのは公然の秘密だし、良いだろう。
「ふーん。もっかい告白すりゃあ良いのに」
「理玖様はとわから求婚されたいんだと」
「そりゃ無理あるだろ。とわの居た世界じゃ、結婚は二十歳超えてからするのが普通らしいぜ? 三十路越えて初婚も珍しくないとか」
「へえ、随分遅いな」
元若君[おまえ]の感覚は早すぎると思うけどな……。ま、面白そうだし、アタシも付き合うよ」
「構わないけど、まずは下ろしてほしいんだぞ……」
 人形みたいに抱かれている所為で、もろはの胸が頭に当たっている。
「ん」
 もろはが腕を緩め、地面に着地したと同時に、三人が歩き始めた。俺は腕をもろはに伸ばす。
「手を繋げ」
「えっ。何だよ下ろせって言ったり繋げって言ったり」
「姿を消して尾行する。目眩ましの術は触れてないと使えないんだぞ」
「だったらアタシが抱えて歩くで良いじゃん! お前小さいから手繋いで歩くの大変なんだよ」
「誰の所為で――」
 言いかけて、慌てて口を塞ぐ。もろはの顔を見上げると、今にも泣きそうだった。
「アタシの所為」
「……違う。俺が悪かった。もろはの好きなようにするんだぞ」

 好きなようにしろと言われたから、アタシは竹千代を再び抱き上げて、一瞬だけぎゅうと強く抱き締めた。
 さっき親父とお袋にはそうしてもらった。暫く離れ離れになるから。
 竹千代は理玖の誘いを断ったらしい。じゃあ竹千代ともお別れだ。けど、竹千代にぎゅっとして良いかって訊いたら、呆れられた上で断られるに決まってる。
「……馬鹿、俺が前を見れるように抱かぬか」
「悪い悪い」
 親父とお袋は、アタシの帰りを待っててくれる。でも、竹千代は? 屍屋で商売続けるって言っても、獣兵衛さんが暖簾分けするかもしれないし、縁起でもないが狸穴島で何かあれば竹千代が呼び戻されるだろう。何か他のやりたい事を見つけて、自由気ままに旅立ってしまう可能性もある。
 つまりは今生の別れかもしれない。それはとても寂しくて、なのに竹千代は寂しがる様子も無ければ、帰りを待つとも言ってくれない。
「かけたぞ。知ってると思うが、匂いや音は消せないからな。実体が無くなるわけでもないから、人にぶつからないように気を付けるんだぞ」
「わかった」
 子狸の姿の竹千代は本当に小さくて、中は綿が詰まっているだけなのではと思うくらい軽い。刀の様な長くて重い物は持てないし、ましてや戦うなんて。
 それは竹千代に課せられた罰で、その罪を背負う事になった理由は、アタシを守ろうとしたからだ。
 理玖はとわを守って死んだんだろ。だったらきっと、とわもアタシと同じ気持ちだ。そりゃ、どうしても越えられない一線はあるけど、アタシは竹千代に何か頼まれたら、できる限り前向きに考えるよ。
 だから理玖もとわに頼めば良い。「おいらの[もの]」になってくれって。でもそれ以上を望むのか、あいつは。
「竹千代もさ」
 三人から十分な距離を取って歩きつつ、尋ねる。
「好きな奴から言い寄られる方が良いのか?」
「いや?」
 竹千代はアタシの胸元で前を見ている。表情はアタシからは見えない。
「俺は自分から言うんだぞ」
「そっか」
 言われてないってことは、やっぱりそういうことか。

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