宇宙混沌
Eyecatch

幸せになってよ [4/4]

 海風の匂いもまだわからない夜。もろはが屍屋に来るよう、私とせつなを呼びに来た。
鹿猪[かい]と申します」
 色黒の依頼人から出てきた言葉、その声。それで急に世界に色が付く。匂いが、わかる。
 理玖の匂いだ。
 自分が何て言ったのかはっきり覚えていない。気付いたら皆外に居て、私は理玖の顔の横の壁を凹ませていた。
「とわ?」
 暫くして、せつなが店に入ってくる。
「良かった、気付いたんだな。匂いで?」
「うん! 良かった~~~」
 私は妹に抱きつく。せつなも私を抱きしめ返してくれた。
「『それはおいらの役では?』って顔してる」
 続いて入ってきたもろはがにやつきながら、床に座り込んだままの理玖に言う。竹千代も同じ表情だ。
「仕方ないな」
 せつなが私を振り向かせ、理玖の前に連れて行く。
「だがまずとわに謝れ」
「えっ」
「お前の所為で何ヶ月も鼻が利かなかった」
「本当ですかい!?」
「俺が人間の姿になってた時、知らない人だと思われたんだぞ」
 竹千代の言葉は信じるに値するらしい。理玖は起き上がり、すぐさま頭を下げる。
「すいやせん、おいらがもっと――」
「あ~~良いよ良いよ。こうして無事に戻って来てくれたんだし」
「じゃ、後はお若いのでどうぞ!」
「もろはが一番年下なんだぞ」
 竹千代のツッコミを背景に、もろはせつなが私達を外に放り出す。私はまず、まだ外に居た獣兵衛さんに壁の事を謝った。
「後日で構わんよ」
 言って獣兵衛さんも中へ。私は理玖と顔を見合わせて、それから互いに照れ笑いをした。
「……良いんですかい?」
 店の中は何やら騒がしい。でも、見られてないなら良いかな。
「前にもいきなり抱きついてきた事あるじゃん」
「そうでしたね」
 理玖は私の手を取ると、次の瞬間にはその首元に私の顔を埋めさせていた。
「……あ……」
 理玖の匂いがする。忘れられなかった、この匂い。
 ううん、違うかも。この匂いを忘れない為に、私は他の匂いをシャットアウトしていたのかもしれない。
「泣かないでください、とわ様」
 理玖が指で私の頬を拭う。
「おいら、とわ様を泣かせる為に会いに来たんじゃないんですよ」
「うん……」
 でも止まらない。私はちゃんと、理玖に返事を届けられただろうか。
「理玖も私と幸せになってよ」
って。

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