宇宙混沌
Eyecatch

君が冷たいのはその胸の内が熱いから [3/12]

 竹千代が村人に好かれていないのは解った。まあ仕方無いだろうな。いくら人間に化けてたって妖怪は妖怪だし、竹千代はお世辞にも性格が良いとは言えねえ。あの妙に偉そうな態度や口調で、誰かの気持ちを逆撫でした、なんて容易く想像がつく。
 妖怪は妖怪だ。竹千代は妖怪だ。それを本当に実感したのは、竹千代がころころと自分の見た目を変えるのを目の当たりにした時――ではなかった。
「おい! 化け狸が女連れてやがるぜ!」
 その日は仕事に出る時間が一緒になって、並んで村を歩いていた。それを目にした村の子供達――歳はアタシ達と同じくらい――が茶化してくる。
「そいつ四半妖だろ?」
「お前狸以外にも手を出すのかよ」
「あの噂、本当だったんだな」
 噂? 噂って何だ?
「おい――」
「もろは」
 問いかけようとしたアタシを、竹千代が止める。
「下賤の者共など放っておけ」
 どっちが先かの水掛け論になってしまうが、竹千代の村人に対する目も冷たい。流石に諌めとくか。
「同じ村に住んでるんだぜ? 何もそこまで言わなっ!?」
 子供の一人が石を投げてきて、アタシのおでこに当たった。触れると血が出ている。
「おい」
「ヒイッ!」
 気付けば竹千代はもう隣には居らず、石を投げた子供を引き倒していた。
「顔に傷が残ったらどうするんだぞ」
「いっ、痛い痛い痛い!!」
 竹千代はそいつの背を踏み、腕をもぎ取らん勢いで引っ張る。
「竹千代、やめろ! お前そんなことでアタシを捨てたりしないだろ!?」
 慌ててしがみつき、適当に宥めながら引き離そうとするもびくともしない。まだ少年の肉体からは想像もつかない力。
「こいつがもろはの顔を傷付けた事に変わりないんだぞ!」
 言葉ははっきりしていたが、その青い目はもう、いつもの竹千代ではなかった。
 妖怪だ。人の形をした妖怪だ。そりゃあ、化け物の姿をしているより気味が悪いよ。
 悲鳴を聞いたその子の親と獣兵衛さん達が駆けつける。
「何事だ!?」
 大人が四人がかりで二人を引き離す。というより、竹千代は獣兵衛さんには抵抗しなかった。
「脱臼だろう」
 怪我をした子供の治療を終えると、子供の親が獣兵衛さんに怒鳴った。
「もう我慢の限界! 妖怪の賞金稼ぎがうろうろしてるってだけでもこっちは気が気じゃないのに――」
「しかし、竹千代も身寄りが――」
「こいつが先にもろはに石を当てたんだぞ!」
 獣兵衛さんに押さえつけられていた竹千代が叫び、皆がアタシを振り向く。そこでやっと、アタシの怪我に気付いたようだ。
「でもその子は四半妖でしょ? 明日には治ってるわよ」
「すぐ治るからって傷付けられて良い道理は無いぞ! 俺だって何回やられたことか!」
 竹千代の剣幕も子供の親に負けていないが、獣兵衛さんは落ち着いた声で諭す。
「竹千代、お前がこの子の腕を引き千切ろうとしたのも事実だ。お前が腕をもぎ取っていたらどうなっていたか。人間は妖怪みたいに、また生えてきたりしないんだからな」
「……罪の無いもろはに怪我をさせるだけの腕なんぞ、無くなってしまえば良い」
「なら、弱き者を甚振るだけのその姿は、捨てるべきだな」
「え?」
「子狸の姿に戻れ竹千代。そして二度と人には化けるな」
「そんな!」
 最早誰も二人の会話に口を挟めない。獣兵衛さんの口調は荒れていないが、そこに含まれる怒りはこれでもかと伝わってきた。こんなに怒っている獣兵衛さん、きっと村の人達も初めて見るんだ。
「俺この姿じゃないと戦えないんだぞ! 食い扶持どうやって稼げって――」
「仕事はなんとかする。ここでお前を大人しくさせねば、俺達共々この村を去らねばならんぞ」
「でも! ……従いたくありません」
「では、実家に送り返すしかないな」
 それを聞いた竹千代が青ざめる。
「俺にみすみす死ねと仰る?」
 その時は竹千代の言葉の意味が解らなかったが、今なら解る。あの頃の竹千代が単身実家に戻れば、殺されるか、良くても一生地下牢に幽閉となっていただろう。
「法師様との約束は!?」
「俺は何の報酬も受け取っちゃいない。それにお前はこの子を殺そうとした。今回の事は濡れ衣ではなく、間違いなくお前の咎なのだぞ」
「……だとしてもあんまりだよ!」
 やっと声が出た。竹千代が丸い目でこちらを振り向く。アタシは獣兵衛さんに訴えた。
「狸の姿じゃ小さくて何かと不便じゃん、刀も振れないし。それに竹千代はアタシを守ろうとしただけだろ!」
「『だけ』ならこんなことになってない」
「そうだな」
 竹千代が肯定した。先程よりは落ち着いた声に、ほっとしたいところだが、寧ろ胸騒ぎがする。
子狸[こっち]の姿で居れば、怖くないんだぞ?」
 そして竹千代はいつでも狸の姿で過ごすようになった。仕事は、獣兵衛さんがすぐに上客を――理玖を見つけてきて、その付き人にしたらしい。
 あの事件のことは瞬く間に村中に知れ渡り、竹千代は滅多に村を出歩かなくなった。その代わり、用があれば近くの町まで赴くように。
 そこでは可愛い狸妖怪として、そこそこ可愛がられていた。竹千代もだんだんあざとく振る舞うようになった。
 その反動か――いや、反動も何も、アタシの所為でこんな事になったと言っても過言じゃない。アタシには、竹千代は前よりも冷たく当たった。
 アタシはというと……一瞬でも竹千代のことを怖いと思ってしまって、どう接したら良いのかわからなくなっていた。でも、悩んでるなんてアタシの柄じゃない。それに竹千代は牙を抜かれちゃったんだから、今度はアタシが守ってやらなくちゃ。
 そんな風に考えてたから、ずっと忘れてたんだよな。
 あの事件の直前に、二人で何話してたかを。

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