宇宙混沌
Eyecatch

第3章:初めてではない [2/4]

忘れられない

「理玖、大丈夫?」
 とわ様がおいらの顔を覗き込んだ。
「そんなに辛そうに見えます?」
「うん、もう一時間も椅子の上で溶けてたらね……」
 気合を入れて、座り直す。あの状態では、竹千代を足には出来まい。依頼主への報告には、船で行くか。
「竹千代の記憶、早く戻ると良いね。一回東に戻って、父上達に良いお医者さんか何か居ないか訊いてみようよ」
「…………」
「理玖?」
「とわ様は、此方の世界に来てからというもの、『殺生丸の娘』というだけで何度も襲われましたよね」
「うん。あと虹色真珠を持ってたからね」
「それで慣れっこなのかもしれませんが、妖怪も、己の死を願われるのは大変に辛いことなのですよ」
 それが理不尽な理由であるなら尚更。おいらはおいらを造り出した主に、端から不要となることを望まれていた。その部下には「麒麟丸の依怙贔屓」と目の敵にされて。
「竹千代は狸平で、死ぬより辛い目にも遭ってる。それを思い出させるくらいなら……」
 忘れたい過ちも、忘れられない辛さも、失えたのなら取り戻さない方が良いんじゃないか?
「……私も、[ほむら]の事はすごく憎いし、あの火事のことは忘れられないよ」
 とわ様が近付き、おいらの頭を抱えるように撫でた。
「けど、もし全部忘れられたとしても、私は思い出したいかな。だって理玖やもろはや、他の皆のことまでわからなくなりたくないもん。理玖もそうでしょ?」
「……ええ」
 そう答えたものの、本心は違う所にある気がした。
 初めは体の痛み以外、何も感じなかった。なのにアネさんの言葉で、おいらは少しずつ自我を持ち始めた。何百年もかけて、ゆっくり、ゆっくり。
 やがて胸の痛みを知った。アネさんが彼女の胸の痛みを真珠にして捨てた時だ。あんなアネさん、アネさんじゃない。
 するとどうだ。それまでに麒麟丸から受けた仕打ちが、胸の底で疼き始めた。そこにあるのは理不尽だけだった。あんな身勝手で我儘な男、犬の大将が居なくったって、日本[ひのもと]一になるには器が足りない。
 あんたも死ねば良いのに。そうすればあの世でりおんと好きなだけ会えるだろう。おいらも同時に死ぬが、所詮あの様な小さい男から生まれた身だ。この世に未練を持てるほど愛されたことも、愛したこともない。
 ああ、でも、アネさんの事は心配だな。真珠を返してあげなくちゃ。今の妖力じゃ一人で生きていくには心許ないだろう。
 それに。
 それに、もしおいらが死んだら、アネさんは泣いてくれるんじゃないかって。
 そんな淡い期待が全ての元凶だ。真珠を掻き集める為に、おいらは仲間を賞金首にかけ、一部はこの手にかけた。麒麟丸だけでなくりおんお嬢様まで狂わせた。アネさんとは、泣くのはおいらの方だった。
 それでも。
 それでも、この世に未練を持てるほど愛されて、愛するには、この道を通ってこないといけなかったんだ。そう思うことにする。
「とわ様」
「なに?」
「今夜は一緒に寝てくれませんか」
「うーん、仕方無いな……」
「とわ様はお優しい」
「そんな辛そうな顔で言われたら突っぱねられないよ~」
「とわ様は、おいらが可哀相だから寝てくれるんで?」
「理玖のことが好きだからだよ」
「……ありがとうございます」
「理玖は?」
「へ?」
「理玖はどうして私と寝たいの?」
「おいらは……」
 答えられない。他の男を牽制して、煽って。そんな身勝手な理由は。
『俺は、もろはが俺を好いてることを確かめたくて抱いてるんだぞ』
 やっぱりおいらよりずっと良い男だよ竹千代は。そいつを、取り戻してやらなきゃな。
「……おいらは、それでしか愛を伝えられないんでさあ」
 なんと身勝手な愛だろう。けれど何が正しいのか解らない。
「そうかなあ」
 とわ様は首を傾げる。
「是露は怒ったけどさ、私、理玖が是露の為に真珠を集めてたの、すごく愛があると思ってたけどな」
「……伝わらなかったなら、意味などありませんよ」
「それを言うなら私達の夜もでしょ」
「ハハッ。それはそうです」
 とわ様を引き寄せ、膨らんだ腹に耳を当てる。
「意味無くはないけどね。この子が生まれてくるんだし」
 とわ様はおいらの髪を梳くように撫でた。
「それに、完璧な人なんて居ないからさ。理玖がちょっと変な所には目を瞑ってあげる」
「おいらなんかには過ぎたお言葉です」
「なんかって何。理玖は私の旦那さんなんだから、もっと誇りを持ってよ」
「誇りねえ……」
 おいらは、そんなもの必要だとは思えねえな。それを完膚なきまでに挫かれて、やっと立ち直れたかと思った竹千代が、結局縋るところが「若君としての誇り」だなんて。
「高すぎるprideなんて、足枷にしかなりやせんよ」
「んー、言葉が悪かったかな。自己肯定感的な?」
「へえ?」
「まあ良いや。それで、これからどうするの?」
「まず港に寄ります」
 とわ様に考えを伝えると、おいら達は手分けして仲間に予定を知らせに部屋を出た。

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