第3話:初めてではない [1/4]
忘れたい
「りおん、どうしたの?」
おいらは麒麟丸が抱いている、ぐったりとした子供を見て言った。
「……死んだ」
麒麟丸はいつになく低い声で答えた。
「死んだ?」
首を傾げる。りおんの顔がよく見える角度になった。真っ白で、寝ているようだ。
「いつ起きる?」
「もう起きぬ」
麒麟丸はりおんを寝台に横たえる。
「何故?」
「……ええい!」
突然麒麟丸の拳が飛んできた。おいらはそれで口の中が切れ、突き飛ばされて壁に激突したこめかみからも血が流れる。
「お前などもう要らぬ! この役立たずが! こうなる前に儂を止めるのがお前の役目だろう!!」
「何事!?」
麒麟丸の姉の是露が駆けつけた。床に崩れ落ちたおいらの両肩に、温かい手が置かれる。
「理玖! どうしたんだい?」
「姉上、そやつのことは捨て置け。りおんの封印が終われば角に戻す」
「そんな薄情な。ようやっと可愛げが出てきたというのに」
「それは儂の物だ! 儂が要らぬと言ったら要らぬ!」
「では私に頂戴な」
「……好きになされよ」
是露は彼女の部屋に連れて行ってくれた。傷の手当をしてもらう。
「麒麟丸は、今は気が立っておるだけだ。そのうちまた、お前の便利さに気付くであろうよ。ま、それまでは私の小間使いでもしてなさい」
「是露様」
「よそよそしいねぇ。曲がりなりにも血を分けた姉弟じゃないか」
「……姉上?」
麒麟丸の真似をしてみる。しっくりこない。
「好きにお呼び」
「姉様……姉さん……」
さっきよりは良い。
「アネさん。りおん死んだ。どういうこと?」
「……もう共には居られぬということよ」
「へえ?」
「それも殺されたのさ。可哀相にね。私達と留守番させていれば良かったものを」
アネさんはおいらに寄り添って、頭を撫でてくれる。その手はどこか震えていた。
「尤も、りおんの望み通りかもしれぬがな。そうであれば、このままゆっくり眠れるよう祈ろう。麒麟丸は何か摂理を捻じ曲げる術を考えるだろうが、みっともないものよ」
理玖!
アネさんの言葉の途中で、声が響く。
「麒麟丸様が呼んでる」
「ほれ見たことか」
アネさんから離れ、先程の部屋へ瞬間移動する。
「此処に」
「夢の胡蝶を捕まえてこい。今すぐに」
麒麟丸はおいらを見なかった。ただ胸から血を流している子供の手を握っていた。
わかった。そう答えかけて、やめる。
「どうして」
「貴様に一々説明する時間も惜しいわ」
「じゃあ自分で探せば良い」
みっともない。アネさんの言葉を反芻した。
麒麟丸が振り返った。おいらは途端、体から力が抜けて倒れ込む。
「口答えするなら今ここでその体を寄越せ。りおんの傀儡に――」
「私にくれたんじゃなかったの?」
アネさんの声がした。手足に力が戻る。
「理玖はもう私のものだ。貸してやっても良いが、勝手に死なせば容赦はせぬぞ」
「うぐ……」
「理玖」
アネさんが手を引っ張って起こしてくれる。
「悪いけど、今は麒麟丸のしたいようにさせておやり」
「……わかった」
アネさんは優しい。本当に皆を愛していて、思いやりのあるお方だったんだ。
なのに四魂の玉はその優しさを消し去ってしまった。
「寂しくないのか?」
「何がだ?」
優しいアネさん。大好きなアネさん。おいらは彼女にもう一度会いたかっただけだ。子供のように頭を撫でて、慰めてもらいたかっただけだ。
なのに、おいらが殺してしまった。
あの時手に伝わってきた感触だけは、どうしても忘れることができない。もし忘れることが出来るのなら、もう二度とそれを思い出したくはない。
竹千代も、そう思う記憶があるだろう?
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