宇宙混沌
Eyecatch

第3章:Never come true


 結局その日は夕餉を戴き、奥方からの質問攻めに対応していたら夜になった。殺生丸の奥方と言うからには、もっと落ち着きのある方だと勝手に思ってたもんで、まるで口から生まれてきたかのような言葉数の多さには正直驚いた。
 とわ様は「体に障るから早く寝よう」と、せつなに連れられて早々に寝所に引っ込んでしまう。ろくに話もできなかった。
 いや、特に話したい事など、無かったような気もするが。一先ずは、野盗等に襲われず、無事実家に着いていたのを確認できただけでもほっとしている。
 奥方と末の妹君も後に続いて、部屋にはおいらと殺生丸、お供の小妖怪だけが残った。
「ハァ~」
 大きな溜息を吐いたのは小妖怪だ。
「良いか理玖! とわりんに気に入られたからと言って、この殺生丸様がおぬしの事を認めた訳ではないからな!」
「解ってやすよ」
 順番がおかしい。まずとわ様の意向を聞いて、その上でご両親に挨拶して、許可を貰ってからだろう、子作りなんて。
「こういう形式的な事で、殺生丸様のお心に響くかは解りませんがね」
 おいらは西洋剣[ソード]の封じられた耳飾りを外し、脇に置く。そのまま背筋を伸ばして、頭を下げた。
「ご挨拶も無しにとわ様と結ばれたこと、どうかお許し願います。この理玖の身も心も、生涯とわ様の為だけに捧げることを約束します」
「そんな言葉だけで信用できるか! だいたい――」
「邪見」
「はい……」
 小妖怪はしおらしくなって黙り込む。
「顔を上げよ」
 言われた通りにする。真正面から殺生丸の顔を見たが、相変わらずその頭の中はサッパリだ。長い沈黙の後、そわそわしていた小妖怪が再び口を開く。
「もしかして殺生丸様、お咎め無しでお許しになるおつもりで? 麒麟丸の所為で殺生丸様達がどれだけ苦労なさったか!」
「邪見」
「は、はい……」
「麒麟丸如きにこの殺生丸が手を煩わせたなどと」
「す、すみましぇん……」
 なんだかよくわからないが、とわ様を孕ませたことについては特に怒っていないらしい。
「一つ誓え」
 殺生丸は自分が飲んでいた酒を、おいらが持って来た玻璃の器に注ぎ、手渡してきた。
「とわを悲しませるな」
「……誓う代わりに、おいらが信用に値すると判断していただける情報をお教えしやしょう。おいら、酒が一滴も飲めないんです」
「は?」
 小妖怪が口をぽかんと開く。
「おいら、その気になれば四日か五日は起きてられやすけどね、酒は一口飲んだらコロッと寝ちまって数刻は目覚めやせん。毒も、薬も駄目です。何もかも効きすぎるんで、人間が平気で食べる物でも吐いちまうこともありやす。夕餉も薬草はご遠慮したでしょう?」
 麒麟丸も、自分が酒や薬に弱いと知っていたくせに、希林[きりん][おさむ]が注いだ物など迂闊に飲んで、りおんお嬢様をあんな目に遭わせたのだ。
「それで何が言いたいんじゃ?」
「これはおいらの命に関わる事なんで、今生きている者ではとわ様しか存じやせん。そして、おいらはこれを飲み干そうと思います」
「そんな事をすれば……」
「明日の昼くらいまで起きないかもしれやせん。まあその時はその辺に転がしといてくだせえ。尤もその間に」
 殺生丸の瞳を見つめる。流石にごく僅かだが、狼狽が滲み出ている様な気がした。
「ほんのちょっと、殺生丸様がおいらを引っ掻くだけで終わりですよ。おいらの事が信用できないならそうしてくだせえ」
「……それはとわが悲しむ」
「でしょうね。ただおいら、自分以外の思う事を保証するほど、無責任じゃないもんで」
 おいらだってとわ様を悲しませたくはない。でも、いくら他人の影響を受けやすいと言っても、とわ様はおいらじゃない。とわ様はとわ様で、おいらが是とする事を、とわ様も是と思うとは限らない。
 玻璃を覗き込めば、歪んだ顔がこちらを見ていた。おいらはその目を睨んだまま、それが消えるまで一気に酒を呷った。

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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