宇宙混沌
Eyecatch

君を傷付けるだけの愛だった [4/4]

「竹千代がパワー系だとは思わなかった……」
「ぱわーけい?」
「力強いねってこと。あの大きさの妖怪を一撃必殺とか……」
「一撃じゃない、二撃だぞ」
 最初に仕留め損ねた時に、脚を斬られた。明日には傷は塞がるだろうが、もろはに魚を獲ってやる約束は、一旦保留中だ。
「俺、一応狸の中では結構強いんだぞ。それに、普段からお前ら乗せて飛んでたら、嫌でも体力は付くぞ」
「あはは、そうだね」
 とわは塩水がかかった服を洗い終わると、張った縄に干していく。竹千代も人の姿なら手が届くので、手伝った。
 今は港に船を泊め、理玖は依頼主に報告しに行っている。もろはは再び気分を悪くして休んでいる。せつなもろはが食べられそうなものを、町に調達しに行った。
「いつからもろはと付き合ってたの?」
「……言ったらとわは引く気がするんだぞ」
「私もいい加減戦国時代に慣れてきたよ」
「そうか。契ったのは三年前の夏だな」
 とわは洗ったばかりのジャケットを取り落とす。
もろはまだ十一歳とかじゃん……」
「ほら引いた~~」
「私の住んでた世界だと犯罪だよ~~~」
「ちょっと早かったとは思うけど、戦国[ここ]では別に悪い事じゃないぞ。常識を入れ替えろ」
「は~い」
 竹千代は手を動かしながら、言うべきか言うまいか迷って、理玖の居ない間に言うことにする。
「とわは理玖様と恋仲なのに、口吸いもしてないんだぞ?」
 とわは今度はスラックスを滑らせる。
「なんで知ってるの!?!?」
「この船で男は?」
「理玖と竹千代」
「理玖様が[おなご]に言えない話をしたい時どうすると思う?」
「竹千代に話してるのか……」
 言われてみれば、とわだって他の二人に恋の相談はしょっちゅうしている。良い気分ではないが、理玖を責められる立場ではない。
「理玖は私が幼いって言いたいの?」
「別に急かすつもりは無いみたいだぞ、もちろん首を長~くして待ってらっしゃるけど。ただ、『口吸い成功するまでは辛抱しててくれ』って言われてたんだぞ、この姿」
「それは申し訳ないことをしました……」
「別に怒ってはないぞ」
 言いつつも、口調に苛立ちの色が混じってしまう。深呼吸して落ち着かせてから、続けた。
「俺は自分の身体を大切にしているとわは偉いと思うし、それを解って辛抱してる理玖様も立派だと思う」
 もろはは子供が作れないかもしれない不安で急いていただけだ。竹千代は言葉で語れなかったから態度で示そうとしただけだ。
「この三年間、もろはを傷付けるだけだった」
 絞り出すように言って手を止めた竹千代に、とわは振り向く。
「もろはは俺が我慢強いこと、その一点だけで俺を好いていた。だから俺はしなくて良い我慢を自分に強いて、もろはに好きでいてもらいたかった。せめて俺が武蔵に居る間は」
 そんな愛は脆すぎる。いや、愛とすら呼ぶべきではないのかもしれない。それに気付いた時、驚くほどあっさりと竹千代はその拘束を外した。
「俺を好きじゃなくなったらもろははどこにでも行けるはずだったのに、子供なんて――」
「うーん、もろはは他にも竹千代のこと好きな点あると思うよ?」
 竹千代の言葉は彼自身を傷付ける。とわは無理矢理遮った。
「もろはは竹千代にいつも『我慢しろ』って言ってたの?」
「……いや、寧ろそう言うのは俺だぞ……」
「じゃあもろはが『竹千代が我慢してるのが好き』なのは違うんじゃない? 我慢強いのは好きなのかもしれないけど」
「…………」
「それに本当に竹千代に傷付けられてばっかりなら、とっくに逃げ出してるんじゃない? もろはなら。付き合い短い私が言うのもなんだけど」
 洗濯物を干し終わり、二人は中へ。
「何はともあれ、これから一緒に居るのは当人同士なんだしさ、私に漏らすくらいならもろはに直接言いなよ」
 背中を押されてもろはの部屋へ。寝台を覗き込むと、調子が良くなったのか、目覚めたもろはは早口で捲し立てた。
「子供の名前何にする? てか妖怪と四半妖の子供って一体何だ? この船の上で産むのちょっと怖いから適当なところで武蔵に帰りたいけど、理玖にそう言って良い? あ、お前としては駿河の方が良いか?」
「色々気が早いわ」
 竹千代は溜め息をつかないように気を付けながら、寝台の端に座る。
「本当に俺の子で良かったのか?」
 それこそ犬の妖怪や、人間との子供の方が良かったんじゃないか。ただ最初に出逢った男が竹千代だったから、それだけの理由でもろはに選ばれたんじゃないか。そう思い始めると憂鬱だ。
「他に誰の子産めって言うんだよ。お前こそやっぱり欲しくなかったんじゃないか」
「そんなことないぞ」
「ならもっと喜べよ」
「実感湧いてこないんだぞ。腹も膨らんでないから、まだはっきりしないし」
「はっきりしたら喜ぶ?」
「多分」
「はっきりしねえのはお前じゃねえか」
 もろはは起き上がると、袴の上から竹千代の傷を撫でる。
「……もろはは、」
「ん?」
「俺のどこが好きなんだぞ?」
「アタシが一番って言ってくれるじゃん」
(それ、ずっと嘘だったけどな)
 嘘だった。駿河で全てを手放して自由になるまでは。
「……他には?」
「えー他ー? なんか恥ずかしくなってきた」
「じゃあ良い」
 今、全ての答えを合わせる必要はない。だってもう、竹千代にとっての一番は、もろはだ。
「子の名はもろはが好きに付ければ良いぞ」
「良いの?」
「その代わり」
 竹千代は母親の顔を思い出す。父が死んでから、一度も竹千代の名を呼ばなかった母を。
「ちゃんとその名で呼んでやるんだぞ」
「当たり前じゃん」
 竹千代は、それが当たり前ではない世界に生まれた。色々あったが、今こうしてもろはと一緒に居られることは、嬉しく思う。
 不安や心配が消えてなくなったわけじゃない。これからもきっと、竹千代がもろはを傷付ける時は来るだろう。
「ていうか、妖怪の子なんだったら妖力で判ったりしねえの? ちょっと調べてみてよ」
「そういうのは理玖様のが得意だぞ」
「理玖にアタシがベッタベタ触られて良いのかよ」
「良くない」
 竹千代は姿勢を変えて、もろはの腹に耳を当てる。
「わからん~」
「そっか。ま、夏にははっきりするだろ」
 もろははそのまま竹千代を抱え込む。初めて体を重ねた時から変わらない、優しい力で。
 例え竹千代の所為で傷付いても、もろははその度に竹千代を許してくれる。そんな気がして、竹千代ももろはの腰に腕を回した。

闇背負ってるイケメンに目が無い。