宇宙混沌
Eyecatch

君を傷付けるだけの愛だった [3/4]

 ゆっくりと揺れる船の上。もろはは輸入品の、固い殻の付いた豆を食べながら、誰に言うともなく呟いた。
「なんか酸っぱいもの食べたい」
 テーブルの向かいに座っていた竹千代は――もろはの位置からは子狸の耳しか見えないが――適当にあしらう。
「無いものねだりだぞ。我慢しろ」
「塩辛いものでも良い」
「仕事終わったら魚の塩焼きでも作ってやる」
「やったぜ」
 もろはは新たな豆の殻を剥く。最近船酔いか、妙に気分が悪い事が多い。何か腹に入っていないと余計に気持ちが悪い。そう言ったら、理玖がとりあえずいつでも摘まめる物を用意してくれた。
 ふと、目の前にまだ竹千代が居ることが不思議に思えて、尋ねる。
「竹千代さぁ、いつ後継がないって決めたんだよ」
「何だぞ突然」
 竹千代は背筋を伸ばして、テーブルの上に顔半分を出す。豆を一つ摘まんだ。子狸の姿では殻を上手く割れなかったので、人の姿になって潰し割る。
「力つよー。でも、ここをこうやってやれば開くぜ?」
「俺はそんなに器用じゃないんだぞ」
「知ってる」
「で、突然何」
「いや、せつなとわに出会うちょっと前はさ、まだ決めてなかっただろ?」
「あー……」
 結局その後忙しくなって、もろはと二人の時間があまり取れなくなった。理玖が死んだ後は竹千代の方がそういう気分になれなくて、この所ずっとまぐわっていない事を思い出すと、仕事の前だというのに気分がそっちに向いてしまう。
「うーん、まあ、思ったより菊之助がしっかりしてたから……」
 それも嘘ではない。だが、あの場所に戻って初めて気付いたのだ。竹千代に我慢を強いていたのは、竹千代自身だったのだと。
 菊之助なら、いずれ自力で将監を追い出したかもしれない。それに元より、竹千代は若君の座に居た時も、それで何か得をした事など無かった。竹千代が一言言うだけで良かったのだ。「家督は菊之助に譲る」と――実際それで全て丸く収まった。
「ふーん」
「なんだその反応」
「いや、なんかもっと良いこと言ってくれるかと期待した」
「はぁ?」
 口では棘がある声を出しつつも、竹千代は身を乗り出して、もろはの頬に触れる。
「何て言って欲しかったんだぞ?」
 その時、突如部屋のドアが開いた。
「もろは、竹千代。もうすぐ到着するから支度してって理玖が――」
 声をかけたとわが、今にもキスしそうな体勢の二人にギョッとする。というか、見知らぬ少年が船に乗り込んでいることに、心の底から飛び上がる。
「えっ!? あの、お邪魔しました~~!!」
 廊下の向こうから妹を呼ぶ声が響いてくる。そうだ仕事だ、と竹千代は気持ちを切り替え、姿勢を正す。
「もろはに恋人だと?」
 テーブルの上を片付け、二人で外に出ようとしたところで、とわに連れられてきたせつなと鉢合わせる。
「って、竹千代じゃないか。お前の鼻はお飾りか」
 流石にせつなは冷静に判断した。せつなに鼻を抓まれながら、とわは真ん丸な目で竹千代を見る。
「た、竹千代~?」
「そうだぞ」
「そういやお前らが居る時はずっと半端な狸の姿だったっけ?」
「理玖様に、この姿は見せるなって言われてたんだぞ」
「もう良いのかよ?」
「良くないけど、事故で見えてしまったものは仕方ないんだぞ」
(うわ~~理玖様に叱られる~~~)
 急に恐怖が込み上げてきて、今は存在しない尻尾が心の中で震えた。
「そんなことより! 今にもキスしそうだったんだよ!」
 とわが妹に訴える。
「きす?」
「えーと、なんだ、接吻!」
「ふーん」
「興味無し!?」
「無い」
「そんなあ」
「何に興味が無いって?」
 集まりが悪いのを不審に思い、理玖が直々にやって来る。竹千代と目が合った。
「なんでそっちの姿なんだよ」
「申し訳ございません。うっかり見られてしまって」
 理玖はとわの様子を見る。竹千代そのものよりも、竹千代ともろはの関係に躍起になっていて、正直安心した。
「そうかい。じゃ、折角だし今日は竹千代にも戦ってもらおうかね」
「え、竹千代って戦えるの?」
 せつなに一方的に捲し立てていたとわが静かになる。
「この姿ならな」
「曲がりなりにも賞金稼ぎだぜ。ま、アタシの方が強いけど」
「稼ぎは俺の方が良かったぞ」
 そういう事ならと、竹千代は妖術で隠していた刀を取り出す。
「それ……」
 とわが目敏く気付いた。
「菊十文字?」
「鞘の上からよく解ったな」
「なんか雰囲気が似てたから」
「狸平に代々伝わってきた物だぞ。菊十文字を持っている狸なんて俺くらいのものだから、身元を知られないように人の姿で仕事をしてたんだぞ」
「つーか狸の姿じゃ腕の長さ足りねえしな」
「なるほど。もろはは本物を見慣れてたから、現代[あっち]にあったのが贋作だってすぐに判ったんだ」
「そういうこと」
「さあさあ、くっちゃべってないで。そろそろ相手の領分に入りやすぜ」
 三姫を追い立てるようにして甲板へ。外に出る直前、理玖は竹千代の腕を掴んで耳打ちする。
「お前、いい加減『もろはの代わりに俺が出る』くらい言えよ」
「え?」
「最近もろは具合悪いだろ」
「船酔いかもとは言ってましたね。あいつ俺に乗って飛ぶのも最初は大変で――」
「お前鈍感すぎるだろ」
 理玖は特大の溜息を吐いて、ある可能性を示した。
「!?!? え、でも最近全然してなくて――」
「最後に寝たのいつだい?」
「えっと……三月くらい前?」
 もろはに秘密を打ち明ける直前だったと思う。もろはは「あと一両~」と最中も譫言のように繰り返していて、どうにかしてやりたいと結構頭を悩ませたのを覚えている。
「もろはの月のものが来たのは?」
「……いつだっけ……? でも毎月ちゃんと来ないのはいつものことなんだぞ!」
 そんな色気の無い回でもまぐわいはまぐわいだが、それで子が宿ったなんてあまりにも趣が無い。
(あの時外に出したよな? その前に何度も中に出した時には孕まなかったんだぞ~~)
「可能性がある以上、はっきりするまで守ってやるのが筋だろ!」
 背中を押されて甲板に出る。それはそうだ。本当に妊娠していて、戦闘中の事故で流産でもさせたら、竹千代はまたもろはを傷付けることになる。
「竹千代、飛んでくれ」
 もろはの所に行くと、彼女は海の向こうに姿を現した妖怪を睨んでいた。双子は飛び移れる距離に来るまで、虎視眈々と船の端で狙っている。
「駄目だぞ」
「ハァ? なんで」
「もろは、お前、」
 先程理玖に言われた言葉を繰り返す。もろはは一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。
せつなとわに何て言おう……お前との関係も教えてないのに……」
「今心配する事それじゃないだろ。とにかく、今日はお前は後ろから弓矢撃ってろ!」
 双子と合流して敵と相対する。理玖も参戦した。
「かった~い!」
 先陣切った双子が一旦退いてきた。甲殻類の妖怪の装甲は、彼女達の刃をも跳ね返すらしい。
「理玖様」
「おいらの剣はただの金属だから、刺さっても急所まで届かねえよ」
「本当に俺がやるのかだぞ……?」
 今更ながら腰が引ける。
「頼むよ。援護はするから」
「……じゃあ潰しますので、俺が飛んだら船下げてください」
「わかったよ」
 竹千代は甲板から足を離す。攻撃を避けながら飛んでいる間に、刀に妖力を込めた。全身全霊の力で、妖怪の頭の上に振り下ろすと、巨大な波が理玖の船を襲った。

闇背負ってるイケメンに目が無い。