第6話:魂の殺人 [3/6]
大きな振り子時計が目の前にあった。
(夢か……?)
竹千代はその振り子から目が離せない。右へ、左へ。振り子はいつの間にか消え、気付けば動いているのは大きな影だった。
(なんだ?)
見慣れない絨毯の柄。影は竹千代の小さな影を包み込むように、右へ、左へ、小幅に揺れる。
(何の影だ? これ)
「!?」
何か判りかけた時、目が醒めた。スマホを見ると、午前五時半。
(丁度良い。忍び込むぞ)
上着を羽織ってヘアピンを持ち、父の部屋へ。スマホで照らしながら、鍵穴を探る。
(楽勝なんだぞ)
屍屋で、鍵の開かなくなった古い金庫や棚と、何回格闘したと思っている。
竹千代はドアノブを回し、その扉の中を見た。
そして、目に入ってきた間取りや丁度で、思い出した。
「!!」
叫びそうになったが、慌てて口を塞ぐ。その場にしゃがみ込み、襲い来る吐き気と戦った。
あの日。大きな窓から差し込む光が、床に奇妙な影を落としていた。それはどう見ても、吊られた人間で。
つまりは父は首吊り自殺をしていた。
(俺が第一発見者だ! ……いや、違う。当時の俺には、ドアノブに手は届いても固くて回せない!)
竹千代はそれより前から部屋に居た筈だ。誰かが首を吊った父をそのままにして部屋を出たのでない限り、竹千代は父に連れられてこの部屋に来たのだと考えられる。
(父さんは心中するつもりだったんだ。でも俺のことは殺せなかったんだぞ)
『すまないね竹千代』
父はそう言って竹千代の首から指を離した。代わりに遺書に何か書き加えて、竹千代の手に握らせた。
『私のフロックコートは竹千代に、と書いたから。私の仇を取りたくなったら、それを裂いて確かめなさい』
そして父は竹千代に後ろを向かせた。
父が静かになった後も、竹千代はただ、床で揺れる大きな影を見ていた。タカマルが竹千代の不在に気付き、この部屋で彼を見つけるまで。
「う、う、あ……」
全部解ってしまった。竹千代は病弱だったわけではない。心的外傷による精神的肉体的な不調が起こる度に、鎮静剤を打たれて副作用で寝込んでいただけだ。その時の記憶はショックすぎて忘れてしまっていたから、自分には何故度々具合が悪くなるのか理解出来なかった。
「坊っちゃん!!」
誰かが竹千代を後ろから抱き抱え、部屋から引きずり出した。竹千代の目の前で、タカマルが戸を閉める。
「どうして此処に!?」
「っ…………」
「とにかく、部屋に戻りましょう」
(……腑に落ちたんだぞ)
何故母があっさりと竹千代の一人暮らしを認めたのか。ろくに学校に行っていないと知りながら、他人を巻き込むまで実家に帰らせる選択肢を挙げなかったのか。
竹千代はこの家に居ない方が良いからだ。
「声出なくなっちゃってますね? 大丈夫ですよ、前にもありましたけど、一晩寝たら戻りました。明日は学校休んでゆっくり寝ていてください。奥様には、部屋のことは黙っておきますので」
タカマルは竹千代をベッドに寝かせると、仕事に戻る。のかと思いきや、薬を手に戻ってきた。
「私が処方されているものですから、本当は駄目なんですけどね」
竹千代はパニックを起こす寸前である一方で、何処か冷静に状況を見ていた。身を起こすと、仕草でタカマルに礼を言い、彼が持ってきた睡眠導入剤を飲み込んだ。
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