もろはちゃんのリボン [1/5]
鋼牙おじさんと菖蒲ちゃんの間に子供が生まれた。
職員室に呼び出されて、だから今日は帰っても誰も居ないけど、夜にはおじさんが帰るから待っていてくれ、と伝言を受けた。
ああ、もう帰れないなと思った。今日から完全に、あの家はアタシの家じゃないんだ。二人の間に本当の子供が生まれてしまった。
何も喉を通る気がしなくて、昼食代として貰った五百円は、午後もポケットに入ったままだった。
本当は早く帰って、片付いていないであろう家事などを代わりにやってあげた方が良いとは思った。けれど学校が終わると、アタシの足は駅に向かった。
五百円の全財産で行けるとこまで行って、そのまま消えてしまいたかった。
(……すっげえ恰好)
ホームで都心行きの電車を待っているもろはの隣に、一人の少年がやってきて並んだ。紅葉色の着物の丈をベルトで調整し、コートの様に羽織っている。
(高校生? 茶髪だし不良かな)
そう思ってから、もろはは失笑した。自分だって不良じゃないか。帰って待ってろって言われたのに、これから都会に行くんだから。当ても何も無いのに。
隣の少女が突然吹き出したので、少年は何事かと視線を向ける。笑いを堪えていたのは、長い髪を一つ括りのお下げにした、大人しそうな中学生だった。
(小っちゃいな……)
制服を着ていなければ小学生に見えただろう。通学鞄にはキーホルダー一つ下げず、靴下もヘアゴムも味気無い。一言で言えば地味な子だ。少年の記憶では、そこまで服装に厳しい学校ではなかった筈だが。
電車が来る。もろはは席を確保して、少年は服が皴になるのを嫌ってドアの所へ。
(これからどうするかなあ……)
少年は腕を組んで、流れる景色をぼんやり眺める。
出席日数が足りないから、これ以上休めば進級は出来ないぞ――そんな警告を受けたのは一週間前。そしてこの一週間、丸々欠席したのは自分。
もうどう足掻こうが留年が決定した身となっては、寧ろ清々しささえ覚えた。今日は珍しく昼過ぎまで布団の中に居て、ふと、久し振りに服が作りたくなって飛び起きた。そして、裁縫道具は全部実家に置いてきたことを思い出した。
《酷いシルエットね》
母親に言われた言葉の数々を思い出すと、取りに戻る気にはなれなかった。近々落第の件で顔を合わせることになるのだろうが、今暫く、いや今日一日だけでも、目の前の問題から目を背けていたい。
(目を背け続けた結果、留年してるんだぞ……)
とにかく、道具は新しく買うことにした。近所の手芸店を探すより、大きな駅のビルに入っているチェーン店でまとめて揃える方が手っ取り早い。竹千代は貯めていたバイト代を財布に突っ込んで、駅まで向かったのだった。
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