もろはちゃんのリボン [4/5]
次に寄ったのは文具店だった。竹千代はクロッキー帳と色鉛筆を買う。
「俺は『屍屋』って骨董品屋で働いてる」
竹千代はショッピングモールのベンチに座り、クロッキー帳に地図と電話番号を書く。
「親と学校の許可貰ってから来るんだぞ。一応店長には話通しとくけど」
「うん!」
「あとちゃんと金返すんだぞ」
「もちろんだよ!」
千切ったページと共に鉛筆を差し出されたので、もろははクロッキー帳の表紙の裏に自宅の電話番号を書く。
「名前も書いとけ」
言われたので、日暮もろは、とその下に追記する。その間に竹千代はさっきの端切れの袋を開けていた。
「この色お前に合うな」
竹千代は真っ赤な布を取り出すと、もろはの顔と並べる。
「俺は使わない色だからやる」
「端切れとか何に使うんだよ」
「何にでもなるんだぞ」
向こうを向け、とジェスチャーで示された。従うと、髪ゴムを抜かれる。
「えっ、何!?」
「動くな」
ぎゅう、と髪の毛を引っ張られた。
「お前は背が低いから、頭の上にボリュームある方が良いと思うぞ」
そのまま後頭部の高い位置で纏められる。その上から、何かが巻かれた。
「ほれ、やっぱり似合うんだぞ」
もろはは鞄から鏡を取り出した。頭の上に、赤い大きなリボンが覗いている。
「派手~」
「地味なのが好きだったか?」
そんなことはない。しかし同時に、もろはは、初めて従姉達に会った時の事を思い出した。
とわもせつなも美人だった。だけど、二人が格好良かったのは、顔だけじゃない。昇陽中の真っ白な制服に身を包んで、先生達に警戒されても、生徒達に好奇心の目で見られても、堂々ともろはを待ち構えていた。
住んでいる世界が違うと思った。あんなに自己主張が強くても許されるなんて。
でも、あれはただの憧れだ。手が届かない世界だ。自分は誰にも迷惑かけないように、誰の機嫌を損ねることもないように、大人しくしていれば良いんだ。
(そうしないと、ほら、親父達みたいにさ、勝手やった挙げ句子供残して死ぬような馬鹿な奴だって――)
『お前馬鹿なんだぞ』
さっき竹千代に言われた言葉が響く。勝手なら、もうしたじゃん。いや、今日が初めてじゃない。電車を使ったのが初めてなだけで、養父母にも先生にも迷惑かけてばっかり。
「えっ、ちょっ、悪かった! 勝手に髪の毛触ったの嫌だったな!?」
もろはが零した涙に、竹千代が慌てる。もろはは首を横に振った。
「竹千代だって怒ってるだろ?」
「何に?」
「家出したこと」
「別に怒ってないぞ」
「なんで?」
竹千代はポケットを探って、ハンカチを忘れたことを認識する。いや、いつも持ち歩いてないか。
「俺も家出したようなもんだからな」
仕方無いので着物の袖で拭いた。
「で、その布は要るのか、要らないのか?」
「……要る……」
要る。必要だ。だって鏡を覗いた時、今までで一番可愛い自分が此方を見たから。これまでで一番、生きている感じがしたから。
その姿が似合うと言ってくれる人が居たから。
「竹千代と並んでたら別に派手じゃなかった」
此処に自分らしく居られる場所がある気がした。
「俺そんなに派手か?」
「地味ではないだろ。竹千代はなんでそんな恰好してんの? 着物の下は普通にかっこ良いじゃん」
紅葉色の着物の下には、モノトーンで大人びた、すっきりしたシルエットが収まっている。それをわざわざ色物の着物で隠して、影を大きくして。目立ちたがりなのか?
「……もろはには解らないんだぞ、馬鹿だから」
「なんだと?」
「強いて言えば戦闘服だな」
「……勝負服ってこと? それあんまりウケ良くないと思う」
「ほらやっぱり解ってないんだぞ……」
しかし、解ってもらえなくて良い。だってこれは、竹千代の問題だ。
竹千代の母が竹千代を認めないなら、竹千代も母の全てを否定するまで。どちらが先に始めた戦争かは、もう判らない。でも、抵抗せず負けるわけにはいかない。
「そろそろ帰るか」
竹千代は荷物を片付けて立ち上がる。もろはも立ち上がって、並んだ。
「誰と戦ってるのかは知らないけどさ、アタシは竹千代の味方してやるよ」
歩きながらニコニコと笑いかけてくるもろはは可愛かった。
(さっきまでめそめそ泣いてたくせに)
不意に照れてしまったのを悟られないよう、顔を背けながら突き放す。
「なんで上から目線なんだぞ。というか呼び捨てにするな」
でも、嬉しかった。あの事件以来、この世の誰も信じられなかったけれど、自分を頼ったり支えたりしてくれる人は居たのだ、此処に。
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