宇宙混沌
Eyecatch

もろはちゃんのリボン [2/5]

「だーかーらー! アタシが切符入れた瞬間にオッサンが横入りして出てったの!」
「そう言われても、切符が無いんじゃ出してあげられないよ」
 もろはは改札で駅員と揉めていた。無賃乗車犯の餌食になったのだ。
「特別に、乗った駅からの運賃だけで許してあげるから、お金は払って」
「だからアタシは切符買ってたって!」
 片道だけで持ち金全部使ってしまったのだ。払えと言われても無いものは無い。というか自分は悪くないので払いたくない。
「その子は嘘ついてませんよ」
 もろはの後ろから声がした。
「俺、その子が突き飛ばされるところ見てました」
 振り返ると、例の着物の少年だった。
「でもこっちも規則でね……」
 駅員は二人をまだ訝しんでいる。当たり前だろう。見慣れない制服の中学生に、妙な恰好の高校生くらいの少年の組み合わせは、どう見ても怪しい。
「そうですか」
 少年は財布を取り出し、五百円玉を駅員の前に置いた。
「同じ駅から乗ったろ?」
 そう問われて、もろはは漸く気付いた。彼の目が青いことに。
(あれ? 日本かぶれの外国人か? にしては流暢だけど)
「はい、お釣り。出て良いよ」
 改札を通してもらう。そのまま黙って去ろうとする紅葉の背中を、もろはは慌てて引き留める。
「あのっ、そのっ、ありがとうございます!」
「どういたしまして。別に返さなくて良いぞ。中学生は小遣い少ないだろ」
 身を切るのは少年にとっても不本意ではあるが、怒りは無賃乗車野郎に向けることにする。小さくて力の弱そうな子供を狙ったのだと思うと、余計に腹立たしい。
 それに。
《俺じゃないんだぞ!!》
 濡れ衣を着せられて、誰も味方をしてくれなかった時の苦しさを、自分は知っている。
「じゃあな」
 少年は再び着物の裾を翻す。遠ざかるその背中に、もろはは急に現実が見え始めた。
(どうしよう……)
 さっき突き飛ばされた時の痛みを思い出すと、それが恐怖に変わった。此処は知らない街で、知らない人間が大勢居て、その誰もが自分の事なんて顧みてくれない。優しくなんかしてくれない。
 帰りたい。そう思っても残金は数十円しかない。今夜一晩どうやって過ごす? 消えてしまいたいなんて漠然と考えたが、野垂れ死にたいなんて具体的な想像はしなかった。
「わっ、何……?」
 気付いたら着物の少年に追いついて、その袖を掴んでいた。
「ちゃんと返すから」
 自分の口から出てきた声が震えていて、驚いて涙も出てきた。
「帰りの電車賃も、貸してくれませんか」

闇背負ってるイケメンに目が無い。