宇宙混沌
Eyecatch

その返事なら何度でも [5/5]

「もろは!」
 今度はとわが試みる。甲板に居た彼女を呼ぶと、振り返った。
「なにー?」
「ずっと気になってたこと訊いて良い?」
「何だよ改まって。良いよ」
「もろはは、前にも竹千代の人の姿見たことあったの?」
「ああ」
 とわが隣に並ぶと、もろはは再び海の方を向く。
「いつ?」
「アタシが屍屋に売られてすぐ」
「そうなんだ。どういう流れで?」
「見たいって言ったら見せてくれた」
 珍しく、もろはが深く溜息を吐いた。
「今思えばそれ、命懸けだったんだぜ? あいつは命を狙われてたから、居場所を知られちゃいけなかったのに、妖力の箍を外したんだ」
「竹千代にしちゃ不用意だね」
「アタシを守る為だったんだ」
 もろはが羽織を掴んで体を包み込み、海風を締め出す。
 とわはなんだか深く訊いてはいけない気がして、次の言葉が出せない。そのうち、もろはから尋ねた。
「お前等、あの後アタシ達がどうなったか知りたいんだろ? ほら、竹千代が人型を見せた日の」
「なんでわかったの!?」
「アタシも犬妖怪の端くれだぞ。つけられてたのは、匂いで最初からわかってたよ」
「わかっててやってたの!?」
「まあ、お前等がずっと居たら最後まではしなかったと思うけど」
 つまりはしたのか、最後まで。とわの方が恥ずかしくなって赤面する。
「訊きたいことはそれだけか?」
「あ、あと、なんで竹千代はまた狸の姿になってるの……?」
「あいつすっかりあの輪っかに慣れちゃっててさ、自分で妖力抑えるの下手なんだよ。居るだけで面倒くさいのが人間も妖怪も寄ってくるから、仕方なく着けてるみたい」
「なるほどね……。もろははそれで良いの?」
「竹千代も一応努力はしてるみたいだからさ。アタシも、アタシの霊力であいつの妖力を掻き消せるようになるか、寄ってくる奴等全部追い払えるようになれば良いだけ」
「そっか。そしたら修行やめちゃう?」
「かもな。子供が出来たら、アタシ達は自分の手で育てたいし」
「そしたら寂しくなるね。良いことだけど」
 とわも海を見る。
(もう子供のこと考えてるのかぁ。戦国時代だから早すぎるってことはないんだろうけど……)
 自分はどうだろう。理玖との子供か、なんて考えて、まだ付き合い始めてもいないことを思い出す。「愛しています」の返事はまだ出来ていない。
「どっちからどんな告白して、なんて答えたの?」
「アタシからかな。一緒に暮らそうとか好きとか何度かに分けて言った」
「ええ!? そうなんだ」
「竹千代は口下手だから、言葉じゃなくて口吸いで返事くれた」
「なんか意外……」
 とわは最後の質問をする。
「もろはは竹千代のことずっと好きだったんだね。どうして?」
 もろはは口を開く。

 流石のもろはも、師匠に売られたその晩は心細さと理不尽に泣いた。突然やってきた見知らぬ子供に夜通し付き合ってくれたのは、何処からともなく現れた子狸だった。どうやらもろはが屍屋に来る前から、一部始終を姿を消して梁の上から見ていたらしい。
 それからどんなに竹千代が厭味を言ったって、もろはは構わなかった。勿論、カチンとくることもある。それでも、竹千代が本当は優しいことを知っていたから。
 だから押し倒されたあの時だって、自分を思っての事だと信じていた。信じていたけど怖かった。
 そこらの人間の男よりはある筈のもろはの腕っぷしを、容易く封じる程の力が。庇護欲と愛慾の綯い交ぜになった、その視線が。
 それでもその見知らぬ少年を守ってやりたかった。誰にも己を晒せずに、薄暗い部屋の中で孤独を彷徨っていた竹千代を。
 竹千代がもろはの涙を拭ってくれるように。

「……ごめん、話が長くなりそう」
「そっか。良いよ。色々教えてくれてありがとう」
 とわは甲板を離れる。船内から様子を伺っていたせつなと理玖の元へ。
「とわの反応で大方判った。無事結ばれているのだな」
「感想とかは聞けなかった……」
「それはおいおい訊く機会もあろう」
 せつなは一先ず満足したのか、そう言って自室に引っ込む。残されたとわは理玖に溢した。
「話が長くなるからって、好きな理由も教えてくれなかったんだ」
「でしょうねえ。あの二人は、そんなに簡単な事情じゃねえみてえですから」
 理玖はもろはの存在も竹千代の素性も、かなり後になって知った。意識的にかどうかは知らないが、竹千代は多かれ少なかれ理玖を警戒していたのだ。理玖はそれを寂しく思う自分に苦笑する。
「竹千代もいつまでおいらの小間使いをしてくれるかねえ」
「できることならずっとって思ってるよ、きっと。竹千代だって、理玖が居なくなってすごく悲しんでたんだよ」
 とわはその寂しさを感じ取り、慰める。いつか歩む道は分かれるのだろうけれど、それまでは、竹千代は理玖の忠実な部下であるはずだ。
「そうなんですかい?」
「そうだよ。……ねえ、理玖はどうして私のこと好きなの?」
「おっと、油断してました」
 突然の質問に理玖は狼狽える。やっとのこと、逆に質問した。
「答えたら、あの時の返事、戴けます?」
 とわは理玖を見上げる。会いたくて仕方なかった顔がそこにあった。
(答えを貰えなくたって)
 ただそう言うのも恥ずかしくて、とわは背伸びをすると、先程もろはに教えてもらった返事の仕方を実践した。

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