宇宙混沌
Eyecatch

その返事なら何度でも [1/5]

「今日は夕方まで戻らんからな。もろは、留守番と掃除をしておけよ」
「なんでアタシが」
「その分の給料は、借金から引いといてやる」
 もろはは頬を膨らませたが、已むなしと受け入れた。獣兵衛の背を見送り、雑巾を手に取る。
「隅から隅までピッカピカにするんだぞ」
 奥から厭味な声が聞こえた。竹千代は座って、のんびりと賞金首の頭蓋骨を磨いている。
「……竹千代も借金背負ってるクチか?」
「違うんだぞ」
「じゃあなんでこんなとこに居んの?」
 もろはは違和感を覚えていた。竹千代は賞金稼ぎを名乗ってはいるものの、稼ぎに出ている様子は無い。度々姿を消すが、首を持ち帰ってきたことはなく、今磨いているのは獣兵衛が他の賞金稼ぎから買い取った物だ。
「口じゃなく手を動かせ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい」
 渋々黙って作業するも、続かない。
「あ~。なんか手っ取り早く金が稼げる方法知らない?」
「女なら体を売る手はあるが……」
 そう答えてしまってから、しまった、と竹千代は失言に気付く。しかしもろはは、「体を売る」の意味を知らなかったようだ。
「手足や臓腑を切り売りしろって?」
「意味が解らないなら知らないままで良いぞ」
「え~なんだよ教えてくれたって良いじゃん」
 もろはは跳んできて、竹千代をその腕に抱く。膨らみ始めた胸が頭に当たって、竹千代は離れようとしたが、この姿の腕力では敵わない。どこか恨めしそうに手首に巻かれた紅葉色の紐を見て、吐き出す。
「『ご教示ください竹千代様』って言えば教えてやっても良いぞ」
「ご教示ください竹千代様」
「お前、矜持や自尊心は無いのか……?」
 これは心配だ。金の為なら簡単に女を売るだろう。そう直感した竹千代は、なんとかしてやめさせようと決意する。
「……やっぱり教えな~い」
「ハァ!?」
 約束が違う、と文字通り揺さぶられ、堪らず竹千代はもろはの腕からすり抜ける。
「コツコツ働いて返せば良いんだぞ。お前は俺と違って強いみたいだし、金さえ返せば出ていけるんだから」
「お前は出ていけないのか?」
 何気ない言葉に紛れ込んだ本質を突かれ、竹千代は押し黙る。その様子に、もろはは憐れみの眼差しを竹千代に向けた。
(そんな目で見るな)
 掃除を再開したもろはに、竹千代は吐き捨てるように教える。
「体を売るって女を売るって事だぞ。男に体を差し出して好きに使ってもらう」
「……まぐわうってこと?」
「そうだぞ」
「それで金が貰えるのか?」
「男は気持ち良いんだぞ。孕まないしな」
「女は孕んじゃったらどうすんの?」
「鬼灯とかを使って堕ろすんだぞ」
「…………」
 もろはは手を止めずに考え込む。金は稼げるが危険な仕事だ。賞金稼ぎとどちらが楽かは知らないが。
「竹千代は買ったことあるの?」
「そんなこと訊かれたの初めてなんだぞ。俺まだ子供なのに」
「いや、なんか詳しいから。それにアタシよりは年嵩だろ?」
 確かに、家に残っていれば元服して、嫁の一人でも貰っていておかしくはない年頃だ。が、敢えて子狸の姿を貫いているのに、何故ばれた。
「……無いんだぞ」
「すごく妙な間があった」
「俺無い」
 理玖の伴をする仕事中に、理玖が買ったり買わされそうになったりするのを見ることはあるが。
「じゃあアタシのこと買ってみない?」
「なんでそんな話になるんだぞ」
「だってアタシもいきなり知らない奴に売るの怖いもん! 竹千代はお金持ってるだろ!」
「誰がお前みたいな痩せた子供を好んで買うんだぞ。それに知り合いったって、お前が屍屋[ここ]に来てまだ半月も経たないぞ!」
「顔と名前知ってたら知り合いだよ!」
「俺の人型見たことないくせに!」
「えっ」
 もろはが驚いて言葉を止める。竹千代は再びの失言に、自己嫌悪の溜息を吐いた。
「人型になれんの?」
 妖怪なら誰でも人間の姿になれるわけではない。それは変化が得意な妖狐や妖狸でも同じで、ある程度妖力が強い者にしか許されない技だ。逆に言えば、殺生丸など変化が不得意な種族でも、妖力さえあれば人型を保てる例もある。
「……なれる」
「見たい」
 もろはは純粋な好奇心で言った。
「見られたくない」
「なんで? 不細工だから? そんなのアタシも一緒じゃん」
(別にもろはは不細工ではないと思うが)
 痩せぎすと揶揄いすぎただろうか。竹千代は辛抱の出来ない己の口を恨み、二回目の溜息を吐く。
「どうしても見たいんだぞ?」
「うん。ついでにその姿で買ってよ、今の大きさじゃ潰しちゃいそうだし」
「お前に乗られたくらいじゃどうって事ないが……」
 この好奇心と行動力をどうしてくれよう。考えた末に、言葉での説得を諦める。
 竹千代は周囲に誰も居ないことを確認して、店を閉めた。
「俺が此処に居ると知られてはならないんだぞ」
 薄暗くなった店の中、竹千代は奥の部屋へ。
「俺の姿を誰にも教えるんじゃないぞ」
 いつになく低い声に、もろはは恐る恐るその小さな背を追う。部屋に入ると、もろはより頭一つ分背の高い男が背を向けて立っていた。
「お前、一体何者なんだよ」
 竹千代から、今まで感じなかった妖力が漏れ出ている。それは二流三流の妖怪のものではない。
「客の事情の詮索はご法度だぞ」
 竹千代は手に持っていた紅葉色の輪を床に放り捨てて、振り向いた。くっきりとした目元に捕らわれて、動けなくなったもろはを押し倒す。
(!?)
 竹千代の膝がもろはの股を撫ぜる。解ってはいたが、自分でも触れたことがない場所を刺激され、狼狽した。
 怖い。知らない奴だ。もろははそう思うと、全力で竹千代を突き飛ばして店の外に逃げた。
 竹千代でもあんなに怖いのに、他の男となんて無理だ。
「もろは~」
 竹千代が子狸の姿に戻って追いかけてくる。
「もろは! 逃げられたら俺が大目玉を食らうんだぞ!」
 言葉は利己的だが、言いながら手に持った懐紙を差し出してくる。ほんの少し前、身売りされて夜通しもろはが泣いた日と同じように。
 もろはは受け取って、滲んだ涙を拭った。
「真面目に働く気になったか?」
「うん……」
 先程の輪が竹千代の両手両足に、まるで枷のように嵌められていることに気付いた。妖力を抑える呪具のような物か。
「それが良いんだぞ」
 竹千代はもろはを連れて店に戻る。もろはは黙って掃除を再開した。
 無体を謝るつもりはない。許してもらえなくても良い。それでもろはが自分を大切にしてくれるなら、竹千代はそれで良かった。

Written by