君が愛しいのは私を愛してくれたから [5/10]
体の痛みで目が覚めた。静かだった。もろはとあの妖怪は?
血が出ている腕に力を込め、起き上がる。妖怪は居ない。逃げたのか? と思ったが、俺の脇に数珠と、ごく僅かに指先が残っていた。
危ない。もう少し数珠が外れるのが遅ければ、防御の術が張れずに俺も消えているところだった。なるほどもろはが、仕留めたらしいのに首を持って帰ってこない事が時々あるのは、こういう理由か。
で、もろはは?
「もろは……」
見回すと、細い腕が転がっていた。視線をその先にやると、仰向けに倒れている。
「もろは!?」
なんでお前が倒れてるんだぞ!? 痛む体に鞭打って駆け寄る。
息はあった。というか、寝てるだけか。確かに、いつの間にか夕暮れだし。
「も~心配させるなだぞ~」
ぺちぺちと頬を叩く。起きない。もう少し大きな声で呼んでみる。少し呻ったが目は開かない。おかしい。ここまで寝起き悪くないんだぞ、もろはは。
「巫山戯てるのか?」
寝ている振りをしているのなら、普段触らない場所に触れれば飛び起きるだろうと思って、腿の裏に手を回す。無反応。そのまま袴の裾から中に手を突っ込んでも、変わらず。
「起きない……」
俺は落ちている数珠を懐に入れると、もろはを背負って山を下った。日が沈むまでには到底戻れないが、一刻も早く屍屋に戻って、獣兵衛様に診てもらわないと!
「おい、あれ」
村に入ると、たまたま外で作業をしていた村人に見咎められる。
「またかよ」
「ま、今度は身内同士だし?」
「にしても毎回腰を砕く程とは……」
「流石は妖怪だな」
またも何も無いんだぞ! 俺はこの頃、口の利けない村娘を孕ませた犯人だと、もっぱらの噂だった。反論したいが、今はそれどころではない。
「獣兵衛様! もろはが!」
「ん? ああ、紅を使ったのか」
「紅?」
そこで初めて、もろはの両親と暗示について説明される。
「……それもっと早く教えといてほしかったんだぞ……」
あの犬夜叉様の娘とは。ちょっとぞんざいに扱ったりした自覚があるので、これからは気を付けようと思う。
「悪い、すっかり忘れていた」
焦って損した。とにかく、もろはを寝かせる為に部屋に連れて行く。
「紅なあ……」
人間に近い体には耐えられない妖の血。それを目覚めさせた先に待つのは、ただの欲望と衝動の塊となる未来のみ。
それを本人が知らないとしても、俺なんかの為に使うなんて。今までに丸一日帰って来なかった事なんてないし、とするとあの龍、別に紅差さなくても撃てるんだぞ?
俺はもろはの唇に残った紅を指で拭う。紅くなった指先を舐めた。確かにただの紅だな。
「……この借りは必ず返すんだぞ」
夜着を被せ、俺は衝立の向こうに戻る。
俺の為にもろはが己を削るなら、俺だってもろはの為に。
「竹千代」
寝る支度をしていると、獣兵衛様も店を閉めて奥に来る。
「刺客は始末したとはいえ、そいつが狸穴にお前の情報を流していたりしないか?」
「ええ」
恐らく、どんぴしゃりと屍屋に居る、と解ってやっていた訳ではないだろう。だが狸平の秘宝を持っていた事から、将監にかなり近しい者だったと見える。
「賞金稼ぎをしている、という事までは把握されていたんだぞ。追手が来るなら仲介をしている屍屋です」
「暫く離れるか?」
「…………」
もし追手が来た時に、俺が居なくてもろはが居たら? もろはに俺の素性が明らかになるのはまだしも、もろはが襲われたり人質に取られたりするのはごめんなんだぞ。せめて、俺が村を出て、もろはが嘘の無い言葉で「竹千代は此処には居ない」って言えなければ。
「……いえ。その時は返り討ちにするんだぞ」
俺は笑って獣兵衛様を見上げたが、獣兵衛様はただただ心配そうな顔をするだけだった。
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Written by 星神智慧