宇宙混沌
Eyecatch

第2話:二人の里帰り(後編) [8/8]

「随分表情[かお]が変わったな」
 船に帰ってきた俺への、理玖様の第一声はそれだった。
「女を知るとこうも変わるもんか。急に旅程を伸ばしてまで二人で過ごしたいんだったら、そのまま陸に上がっても良かったんだぜ」
 部屋の窓から二人で海を眺める。穏やかだ。意外な程落ち着いている、俺の気持ちみたいに。
「狸を殺しに行ってただけだぞ」
「えっ」
「化け殺しのもろはと、同族殺しの竹千代だぞ」
「一体何があったんだよ……」
「なんてことはない敵討だぞ」
「なんてことなくはねえだろ。そうか、頑張ったな」
 理玖様は俺の頭を撫で、髪を乱す。
「もろはに[やや]が出来たら武蔵に帰りたいんだぞ。子を抱えながら船の上で越冬するのは、もろはには厳しいぞ」
「そうか」
「そのまま子が独り立ちするまでは戻ってきません」
 もろはも俺も、親の愛を知らずに育った。だから俺達は、自分達の子の傍で生きることを、何より優先させたい。
「構わねえよ。前にも言った通り、何百年かしたらおいらもそっちに行くから」
「やるべき手筈があれば整えておくんだぞ」
「助かる」
 そうは言ったが、理玖様は溜息を一つ。
「やれやれ、おいら達以外にも夫婦[めおと]が船に居れば良いと思ったんだがね」
「残念でした。でも、もろはの紅夜叉の力も封じたし、俺達はもう皆についていけないんだぞ」
「戦い以外で役に立ってたじゃねえか」
 沈黙が流れる。俺は横目で理玖様を覗いた。理玖様も腕を組んだまま、顔を此方に向けている。
「おいで竹千代」
 理玖様が腕を解いた。理玖様の小間使いになったばかりの頃、誰にも心を開かずにいた俺をそう呼んで、可愛がってくれたことを思い出す。
「俺もうそんな歳じゃないんだぞ」
「おいらからすれば二十歳にもなってない奴らは全員赤ん坊だぜ?」
「それ自分の嫁さんの前で言ってみろだぞ」
 動かないでいたら、理玖様から俺を引き寄せた。抱き締められ、また頭を撫でられる。
「お前甘えるの下手だからな。これからはもろはに甘やかしてもらえよ」
「それ獣兵衛様にも言われたんだぞ……」
 でも、理玖様に甘えられるのは、本当にこれが最後かもしれない。俺が彼の着物の袖を掴んだ時、部屋の戸が開いた。
「理玖、此処に居たか。依頼の文が――……やはりお前達、そういう?」
「せっ、せつな! 違うんだぞ!」
「何騒いでんだよ」
 続いてもろはも顔を出す。俺は理玖様から素早く離れて、もろはの手を取った。
「良いから来るんだぞ!」
 理玖様も巫山戯[ふざけ]て何を言うかわからない。せつな達が余計なことを言う前に逃げる。
「二人が結ばれたって本当だったか」
「近い内に餞の宴を開かねえといけねえな、こりゃ」
 背後から二人の呟きが聞こえる。もろはに怒鳴られた。
「おい! お前が妙な真似するから早速せつなにバレちまっただろうが!」
「だから! 誰にも内緒で夫婦になるなんて端から無理なんだぞ!」
「えっ、そうなの」
 今度は別方向からの声。振り返ると、すっかり腹が膨らんだとわが居た。
「うわ~おめでとう! 今夜はパーティーだね!」
「ちっ、違……」
「何も違わなくないぞ。って痛! お前までとわみたいに乱暴にならなくて良いんだぞ!」
「私も本当に殴りはしないんだけど……」
「うるせえ! 恥ずかしいったらありゃしねえ!」
「どうかしたのか?」
 騒ぎを聞きつけた翡翠までもが合流する。賑やかなこの場所は、間違いなく俺が「家」と呼べる場所で、去るのは寂しかった。それでももろはと一緒なら、何処であってもなんとかやっていける。今の俺はそう信じている。

闇背負ってるイケメンに目が無い。