第2話:二人の里帰り(後編) [3/8]
話が一区切りついたところで、菊之助が言った。
「儂とは違い、兄上の嫁になられる方はさぞ幸せものであろうな」
「だってさ」
竹千代がにやにやとアタシを見る。それで菊之助も気付いたらしい。
「もしかして!? これは目出度い。将監、酒か反物か、こっそり祝いとして贈れるだろうか?」
「もちろんですよ。本来であれば、皆で祝って差し上げられたのにねえ」
「俺が継いでたらもろはなんか娶らないんだぞ……」
「えっ……」
竹千代が漏らした言葉に、菊之助が青ざめてアタシを見る。
「それをここで口にするのはどうかと思うけど、アタシもそう思う」
アタシが好きなのは殿様の竹千代じゃない。竹千代だって、殿様の身分だったら、アタシのことなんか視界に入ってても気付かないんじゃね?
『逃げるなよもろは。俺はずっと見張ってるからな!』
別に御目付けでも構わなかったさ。半端者のアタシをまっすぐ見ててくれたのは、ずっと竹千代だけだったんだよ。
「惚れる相手なんてその時の状況でいくらでも変わり得るんだぞ。理玖様ですら、『理玖は理玖だ』って言ってくれたのがせつなだったらせつなに惚れてたかもって言うんだぞ?」
「へえーそんな理由なんだ」
そういえば、結局アタシの何処が好きなのか聞けてなかった。また後でちゃんと聞こう。
「はあ……」
よくわからん、といった風に呟いた菊之助に、アタシは言葉をかける。
「ま、そうはならなかった事を話してもしょうがねえ」
今はお互いが好きなんだ。その事実だけがあれば良い。
「それに、きっと菊之助に嫁ぐ奴も幸せになれるよ」
竹千代よりずっと優しそうじゃん。しかし菊之助は、元から下がっている眉を更に下げた。
「儂が父上に似ているのは顔だけではありませぬ。この気の弱さもです」
「気が弱いだなんてそんな。それに、先代の気が弱かったという話は聞いたことがありません」
八衛門が否定する。アタシも言ってやった。
「竹千代の気が強すぎるだけだろ」
「悪かったな」
菊之助は首を横に振る。
「父上は、母上が儂を産んで身罷ったことを大層悲しんで、後を追うように亡くなったと聞きます」
「そうだったのか」
「なんで竹千代が知らねえんだよ」
「俺もまだ二つだったんだぞ。死んだ人の話を聞いて仕事が捗るわけでもなし。もろはだって、最初から居ないものと思ってたから会うの渋ってたんだぞ」
「まあ、そりゃそうだな……」
アタシ達の視線は、自然と八衛門に向く。
「私もその時は弥勒の旦那についてましたから、急な病で亡くなったとしか聞いてないんですよ。そうなれば先の将監が良からぬ事を企てるとは思っていたので、犬夜叉様達も連れて葬儀に帰ってきたんですけどね」
「その病というのが、心の病で」
菊之助はぽつりぽつりと、床を見ながら家臣から聞かされたことを語る。
「突然、言葉を発せなくなったとか。それが母上の葬儀を済ませた直後で」
心に酷い傷を負うと、そうなってしまうとは聞いたことがある。りん伯母さんがそうだったって。
「食事もろくに召し上がれなくなり。かと思えば、突如気が狂ったかのように笑い出したり……」
それを聞いて、八衛門が竹千代を振り返った。アタシも隣を見ると、竹千代は青い顔をして胸を押さえている。
「菊之助」
「……兄上!? 如何なされた!?」
「父上は身罷るまで、一言も意味のある言葉を話せなかったのだな?」
「えっ、はい。そう聞いております」
「葬儀で出された料理も当然、毒見は済ませていただろうな」
「……そうだと、思います。兄上、何を――」
「そういえばお前は、俺の『病状』を見ておらんかったな」
竹千代は息を整えてから、菊之助にも、そしてアタシにも解るように言った。
「俺が受けた呪詛は、何かを語ろうとすると笑いが止まらなくなるというものだった。毒と同じく、食事に細工をされたんだぞ。息も吸えん物も食えんでは、死ぬしかないわな」
「あ……」
固まった菊之助に対して、竹千代は立ち上がると障子を開けた。指笛を吹いてタカマルを呼ぶ。
「理玖様に、帰りが遅くなると文を書く。筆を貸してくれ」
「一体何をなされるおつもりで!?」
「決まってるんだぞ。俺と……父上と同じ目に遭わせる」
「なりませぬ兄上!」
タカマルが降りてきて、竹千代の腕に止まった。振り返った竹千代は、座ったままの菊之助を見下ろす。
「なりませぬ……憶測で誰かを殺めるなど!」
「憶測でなければ良いのだな?」
菊之助は否定も肯定もしなかった。ただ一言、八衛門に「筆を持て」と言った。
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