第1話:二人の里帰り(前編) [3/6]
この建物の元が何だったのかはよくわからないが、とにかく囲炉裏はあった。妖術で火を熾し、ついでに部屋の床の埃も風を起こして集め、燃やしてしまう。
「妖術使えると便利だよなあ」
ぼたぼたと水を滴らせながら、もろはも入ってくる。
「妖力をどう使えるかは妖怪に依るんだぞ。俺は器用貧乏だけど、もろははそれで戦えるんだから良いだろ」
「そうかなあ」
「それじゃ、俺は別の部屋に居るから、脱いで服乾かすんだぞ」
「お前の服も乾かさないと」
此処で脱いで行けと……。
とはいえ、俺だって明日も濡れたままなのは嫌だ。渋々着物を脱ぐ。理玖様が昔着ていたような袖無し羽織。袴。小袖。
肌小袖に手をかけた時、もろはが言った。
「狸の姿でやってくれない?」
「お前が後ろ向いてろ」
「……確かに」
素直に向こうを向いたその背に、つい意地悪を言ってしまう。
「お前もやっぱり女なんだぞ。人間の」
「そりゃだって、アタシは変化できねえし。お前が人型になってくれなきゃ、やることも出来ねえだろ」
言ってもろはが振り返ったのと、俺が肌小袖を取り去ったのは同時だった。手綱なんて物は着けていない。
「~~~~」
もろはは俺の裸をまともに見てしまい、言葉にならない声を上げ、茹で蛸になって俯いた。
俺の方は、もろはに裸を見られた事よりも、さっきの言葉に困惑していた。
やることも出来ねえだろ、って、やることって何なんだぞ。かまととぶっても、この文脈だと一つしか思い浮かばない。俺もその場に崩れ落ちる。
「俺そんなつもりで川に落としたわけじゃないんだぞ……」
「勿論だよ! 口が滑った!」
滑っただけなのか。つまりそれって本心なんだぞ。うう、まさか本当に、しかもこんなに早く望み通りの返事が貰えるとは思ってなくて、心の準備が……。
「……どうする?」
もろはが火鼠の衣の紐を解きながら言った。
「脱ぎながら言うんじゃ無いぞ。それ完全に誘ってるんだぞ」
「あっ」
どうせ、冷たいから早く脱ぎたいだけなんだろうけど。実際、下着だけだと透けることに気付いたのか、もろはは慌てて胸を隠した。
「して良いのか?」
「絶好の機会じゃね?」
「そうだけど、帰る前にやるのか? 理玖様みたいに挨拶の前に孕ませて、面倒な事にはなりたくないんだぞ」
「じゃあ帰ったら結婚するって言えば良いじゃん。大丈夫、親父もお袋もお前のこと気に入ってるし、二、三日のことじゃ、先に寝たことはバレないって」
「結婚ってそんな簡単なものじゃないんだぞ……」
「なんで?」
問われてもろはの顔を見る。目が合った。
「竹千代はもう、何でも自分で選べるだろ?」
にしし、と悪戯っぽい笑い方をする。
「あの時アタシを選んでくれたじゃねえか」
将監を退治したあの日。俺は家督を継がぬと宣言した。
「……俺はお前を選んだんじゃなくて」
俺は立ち上がると、もろはに近寄った。
「お前を選べる人生を選んだんだぞ」
「同じことだろ?」
紅を差していなくても、ほんのりと赤い唇を塞ぐ。冷たい体を抱き締めて温めた。
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