第3話:少女達の事情 [1/4]
「あれ、おかえり」
「ただいま……」
何か言われるだろうか。いや、何か言ってくれ。そんなもろはの願いは、いつも叶わない。
「……何処に居たか訊かねえの?」
養母の菖蒲は、掃除機をかけていた手を止めて振り返る。
「竹千代の所だろ?」
「うん……」
良く言えば放任主義。悪く言えば無関心。
「学校から登校してきたって連絡あったし、ちゃんと学校行ってくれてるならそれで良いよ。放浪癖があるのはお父さんそっくりだね」
菖蒲は掃除を再開する。もろはは棚の上に飾られた写真を見た。菖蒲と、その夫の鋼牙、もろはの実の両親が此方を見ている。旧友同士で撮られた、若い頃の写真だ。
「またちょいちょい竹千代のとこ泊まっても良い?」
「良いけど、次行く時にお礼持ってって。お菓子が良いかな?」
菖蒲はキッチンへ消える。もろははソファに腰を下ろした。
もろはの両親は、探検家だ。彼女が赤ん坊の時に、探検中に連絡が取れなくなって、そのまま。行方不明になって何年も経ったので、法律上は死んだことになっている。
「もーろは!」
「うわっ」
後ろから急に抱きつかれて、もろはは思わず逃げた。菖蒲がキッチンから咎める。
「こら鋼牙、セクハラだよ! もろはももうお年頃なんだから」
「悪い悪い」
昔は自分からねだったこともあった、鋼牙からのスキンシップをもろはは受け付けない。竹千代とは平気なのに。
それだけではない。もろはがこの家に帰りたくない理由は。
養子縁組もしていないし、最初から血が繋がっていないことは知っていた。決定的だったのは、二人の間に子供ができた時のことだ。
なんて言われたのかははっきり覚えていない。ただ、二人のうちのどちらか、あるいは両方が、「もろはの手が離れたからやっと子供を作る気になった」という旨の言葉を溢した。
きっと悪気は無かったに違いない。もろはを実の子の様に育ててきてくれた人達だ。おそらくはもろはの成長を喜んでの発言で。
それでももろはは、以来この家を「我が家」とは呼べなくなった。自分が居たから二人に色々な事を我慢させてしまった、と負い目を感じて。
「学校でこってり絞られたろ? 電話した後に竹千代からLINEあってさ」
「は? おじさん竹千代と交換してんの?」
「ああ。この前もろはを送って来た時に」
ほれ、とやりとりを見せられる。
竹<すみません、今夜もろは俺の家に泊めます)
竹<ちゃんと送るつもりだったんですけど)
(りょーかい>鋼
(もろはと通話できる?>鋼
竹<今お風呂入ってます)
(避妊はしろよ>鋼
竹<わかってます)
竹<すみません、今日もこっち泊まりたいって)
(迷惑かけてすまねえな>鋼
(本当に迷惑だったら迎えに行くけど>鋼
竹<今夜は大丈夫ですが、明日俺学校行くので、その間またフラフラしてるかも)
竹<ちゃんと帰るよう言いますが家まで送る時間の余裕無いので)
(ok>鋼
(なんだよこれ! 竹千代全然そんな素振り見せてなかったのに繋がってるとか!)
もろははスマホを割らん勢いで握り締める。
(ていうか、養父公認で寝たのかよアタシ達。いや寝たとは竹千代は報告してないけど、これじゃおじさんが唆してるみたいじゃん)
でも、頭ごなしに「するな」と言うよりは、マシな結果になるものなのだろうか。
(……これ、もしアタシが本当の娘だったら、こんな言い方した?)
どうせ本当の子供じゃないから、ほっつき歩いたり男の家に出入りしたりしても、何も言わないんじゃ。
「なんか嫌な感じー」
もろははスマホを突き返す。
「だってお前スマホも携帯も持ってないんだから仕方ねえだろ。持つか? データ用の回線なら安いし」
「いや要らない」
(アタシに使うお金があるなら、二人の子供に使ってあげてよ)
「あったあったー。もろは、これ持ってってよ」
菖蒲がお菓子の缶を手に戻ってくる。
(でも、きっと、そのお菓子のがスマホの月額より高いんだろうな)
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。