運命の日 [2/2]
繋がったまま寝るなんて妙な気分だ。そう思いつつも、抜けないように気を付けながら、竹千代はもろはに添い寝する。もろはが囁くように尋ねた。
「武蔵を離れるのか?」
「え?」
「そのこと考えてるから気が散ってるのかなって」
以前、いずれ武蔵を離れることをもろはに匂わせてしまったことがある。しかし今指摘されるとは思っておらず、しかも図星だったので、竹千代は黙り込んだ。
「危ない目に遭うかもしれないのか?」
「……さあな」
政権奪還に失敗すれば、切腹や晒し首の可能性は大いにある。だから本当はこのまま隠れ住んでいたい。民も、弟も、全部見捨てて。けれど竹千代は、そこまで自分を堕とせない。
「アタシも連れてってよ」
もろはは言って、竹千代の胸に顔を埋める。竹千代の答えを待たずに、続けた。
「って、借金完済してたら言えるのによ~。チクショー、あと一両!」
「…………」
竹千代は何も言葉を返せない。黙ったまま、腕の中で喚くもろはの頭を撫でた。
(考えてもみなかったな)
もろはを駿河に連れて行くこと。
(一両くらいすぐ出せる。とりあえず屍屋との縁を切ってやって……)
少し考えて、やめた。もろはは妖狸じゃない。妖狸じゃないもろはとの子供を狸平の跡継ぎにはできない。となれば、竹千代が駿河に戻れば、他の女を娶ることは必至で。
(もろはの目の前で他の女を正妻に据えるくらいなら、もろはを武蔵に捨て置いた方がまだマシだぞ、多分)
「っ、あ~~~~~」
「何々、どうした?」
急に唸り始めた竹千代に、もろはは驚いて顔を上げる。
「なんで犬の四半妖なんだぞ!」
「なんでって……しゃあねえじゃん!」
後半は涙声だった。竹千代は慌てて弁明する。
「解ってる、お前は悪くない」
「はぁ?」
「悪いのは俺の生まれの方だぞ」
「? 何言ってんだよ、竹千代は生粋の狸妖怪だろ?」
「そうじゃなくて」
これ以上は言えない。竹千代が血が滲むくらい唇を噛むと、もろはが口づけてやめさせた。
その時に抜けてしまったので、竹千代はもろはを裏返す。身を起こしてもろはの腰を引き上げた。
「竹千代?」
不安げな声には答えず、自分で扱いて硬くする。後ろから一気に奥まで貫いた。
「うあぁ! ちょっ、ああっ!」
もろはの腕を引っ張って、逃げたり口を塞いだり出来ないようにする。
「あ、あん! んぁ、おく……」
「良いだろ? たまには」
「ん……」
深く入りすぎるから、この体勢は滅多にしない。もろはの調子が良いのは大前提で、もろはに強請られた時にしか。
けれど今日は刻んでおきたかった。もろはの奥の奥まで己の存在を叩き込んで、一生忘れられないようにしてやりたい。
意地悪だ。いずれ別れる運命にある男を忘れさせてやらないなんて。竹千代には自覚がある。でも改める気は無い。
汗で手が滑る。もろはの手首を掴み直すと、前に握っていた所は薄く痣になっていた。
(まずい、加減しないと……)
妖怪の本気を出さないように手加減しながら、我を忘れるほど欲に溺れるのは難しい。それがこの体勢を避ける理由でもある。
「あぁん、んはっ、たけ、ちよ」
「何だ?」
何か言いたそうに此方を見るので、少し深さと速さを緩める。
「竹千代からしてくれるの、うれし……」
「……そうか」
嬉しい、と言われても、これ以上は危険だ。もろはの腕を握り潰さない内に手を離し、今度は仰向けにする。気の利いた言葉をかける余裕も無く、再び中へ。
「中、熱い……」
それは竹千代にも感じられた。もろはがいつもより狭いのか、竹千代がいつもより大きいのか。とにかく一往復するごとに、どんどんぴったりと隙間無く繋がっていく感覚。
「ふぁ、ああ、あああ……」
もろはが目尻から雫を零しながら、背筋を反らせて震える。竹千代はまだもう少し。
痙攣しているかのように締め付けてくる中で耐えて耐えて、果てる直前に引き抜いた。勢い良く飛び出した精は、もろはの白い腹を汚す。
もう一度。いや、一度と言わず、時間が許す限り何度でも。下手をすればこれが最後になるかもしれない。
竹千代はそう思ったが、もろはの汗と涙でぐしゃぐしゃの顔を見ると、やはり無理はさせられなかった。
「もう良いの?」
「うむ」
もろはの肉付きの悪い胸に頬を擦り寄せる。近くにあった着物の一つを手探りで掴み、二人に被せた。
「あとは休もう」
「ん。アタシも眠くなってきた……」
眠るもろはの鼓動は最高の子守唄だ。夢の中で、竹千代はとうの昔に亡くした母と出会う。
『母上!』
懐かしさに駆け寄るも、母は仕草で制した。
『良き頭首で居てはくれないのですね、上様』
『母上?』
投げつけられた不穏な言葉に、竹千代の声が震える。
『いいえ』
母は否定すると、言い直した。
『竹千代』
そこで目が覚めた。
「んん~、竹千代~、一両だけ……」
隣を見ると、もろはは寝言を言っている。というか、夢でも一両に魘されている。
「そろそろ起きろ」
「ふが!?」
竹千代はもろはを揺さぶり起こす。
「まだ寝ぼけてるか? 俺の名前は?」
「竹千代」
はっきり答えたが、まだ半分夢の中のようだ。
「ほら、アタシ達の赤ん坊……」
言って何かを抱くような仕草をする。竹千代は薄ら寒くなって、その手を解くように掴んだ。
「起きろ~。部屋空ける時間だぞ。延長料金はお前に払ってもらうからな」
「え、それは嫌だ」
金に絡む話をすると、途端に覚醒する。
「ん~。なんか良い夢見てたのに~」
「いや魘されてたが?」
しかし、最後の言葉は。
(……いや、言わないでおこう)
欲しくて欲しくてたまらないから、夢にまで見るのだ。結局それが現に無いのであれば、夢を覚えていたって寂しいだけだから。
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