第5話:あとは二人で [1/4]
「――ってさあ、俺を巻き込もうとしてきたわけ。こっち来る予定があったから断ったけど」
「面白い先輩ですね」
翡翠は母校の昇陽中のオーケストラ部に、指導アシスタントとして顔を出していた。しかし時代は少子化の上、実質賃金は下がっていくばかり。高価な楽器を子供に買い与えられる家庭は、私立校といえど多くなく、現役生は廃部寸前の人数だ。
そこで多くの学校・クラブが捻り出したのが合同活動。近場の中学・高校の同様の部とまとめて一つのチームとするのだ。昇陽中は去年からガブ女と組んでおり、転校前後でチームが変わらなかったので、せつなにはありがたかった。
「せつなは何か変わった事あったか?」
練習の休憩時間中、翡翠はせつなと他愛も無い話をする。下心があるのは、否定しない。
「従妹が無断外泊して騒ぎになりました」
「そりゃまた……。でも外泊って、何処に?」
「男の家に」
話すせつなの顔は険しい。
「もろはの相手にしろ、翡翠の先輩にしろ、ろくでもない臭いがする」
(せつなって、ちょっと男嫌いのところあるよなあ。俺とは喋ってくれるけど)
二十歳の男が六つも年下に言い寄ろうとしている方が、問題アリだし心配すべき事案だが、翡翠に自覚は無い。
「にしても、『若い女の子にモテそうな』って、先輩好きな人でもできたのかな」
「何故?」
「いやあ、先輩は、いつも年上の女性には可愛がられてニコニコしてるからさ」
「へえ……」
(あ、興味無さそう)
翡翠は察して話をやめる。代わりにせつなが切り出した。
「好きな人と言えば、翡翠先輩のことを好きな子からラブレターを預かってます」
(どうやって渡すか悩んでいたから、丁度良かった)
「ハァ!?!? 誰!?」
「ガブ女の同級生の柊愛矢っていう」
「いや知らない人なんだけど」
「この前電車で痴漢に遭っていた人を助けたと言ってましたよね? 同日に愛矢が被害を受けたと言っていて、助けてくれた人を探していたので、話を聞いたら翡翠さんの話と完全一致していた次第です」
「うう、マジかぁ……」
これを渡す役割を買って出る時点で、せつなは翡翠に恋愛対象としての興味が無い。思わぬタイミングでの失恋に、泣きそうになる。
(突き返すか? いや、それはそれで絶対に印象が悪い。くそ~俺も親父みたいに器用だったら……)
翡翠が頭を抱えていると、休憩時間が終わってしまう。深く深く溜め息を吐き、自分も服を買いに行けば良かった、と翡翠は後悔と共にチェロを抱いた。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。