第5話:あとは二人で [4/4]
竹千代が連れてこられたのは、三つ星レストランの個室だった。
「兄さん」
弟の菊之助と先に席につき、会話を交わす。
「久し振りだな」
「ええ。いつも兄さんだけ呼ばれませんから……」
「俺はその方が気が楽なんだぞ」
(今日はどういう風の吹き回しだ?)
家を出るまでは、確かに度々会長と母と弟と、四人で外食をしていた。何故会長が、と疑問に思ったことはあるが、父が死んでからは母と二人三脚で社を経営してきた人だし……と納得させてきた。
遅れて母と狸穴も入ってくる。
「菊之助君は服飾学校を受験するんだって?」
コースの前菜を突いていた、竹千代の手が止まる。菊之助が眉を下げて、不本意そうに肯定した。
「ええ、まあ……」
それからチラりと竹千代を見た。専門学校に行きたがっていたのは、竹千代の方だ。
「竹千代君はあまり学校に行ってないんだろう? 辛かったら辞めても良いんだよ、学校が全てじゃない」
(何の権利があってそんなこと言うんだぞ)
「いえ、俺は大学に行きたいので」
「ほう、何学部かね?」
「美大です」
「貴方まだそんなこと言ってるの?」
「あの!」
母親の言葉を、菊之助が遮る。
「あの……私じゃなくて、兄さんを専門学校に入れてあげられなかったんですか……?」
「菊之助……」
「だって兄さんの方がデザインも縫製も上手で――」
「そんなことないわよ。それにね、毎日真面目に学校に行かない子に、出してあげる学費なんてありません」
それは尤もだ。だから竹千代は自分で働いて、学費を貯めている。
「ねえ、狸穴さん?」
「そうだな。万引きのことでクラスメイトから虐められるのも、身から出た錆というものだし」
(別に虐められていないが)
万引き事件のことを同級生達は知らない。そもそも、被害に遭った店と、現物を持っていた竹千代とその保護者、それから警察の間で解決すれば良い話だ。
(状況的に、同級生が学校で俺の鞄に盗品を入れた可能性があるのは解る。けど、最初から俺の仕業と決めつけていたのに、何故学校に連絡した?)
竹千代は当時のことを思い起こす。
(本当は真犯人は俺ではないと思っていたか、俺が学校で私刑に処されるのを期待したのか?)
『私達はうちの生徒達の仕業じゃないと思ってるよ。君も、同級生達も含めてね』
(つまり、あの時殊更に騒いだ奴ってことか)
そうだ。確かその日も、狸穴と外食の予定が入っていて、狸穴は部下を連れて家に寄っていた!
「お父さんが生きていたら、竹千代君の味方をしてくれたかもしれないがね」
「……そうかもしれませんね」
含みのある狸穴の言葉には無難に返しておく。まだ憶測の域を出ない。今は大人しく、我慢だ。
「ところで、今日俺も誘ったのは何故ですか?」
「貴方にも報告することがあるの」
母親が狸穴に目配せする。狸穴から告げられた。
「君達のお母さんとね、再婚しようと思うんだ。儂は初婚じゃが」
「ええっ」
菊之助も初耳だったらしい。
「……そうですか。俺達の名字も変わります?」
「いや、儂が名前を変える」
(狸平グループも、名実共に家族経営に逆戻りだぞ)
渋い顔の竹千代達に、母親が不満を漏らす。
「おめでとうって言ってよ」
「あっ、おめでとうございます」
「……おめでとうございます」
「テンション低いわねえ。やっと狸穴さんが本当のお父さんになってくれるのよ?」
(そうか、父親ごっこだったのか)
竹千代は腑に落ちた一方で、納得はいかない。確かに狸穴は、菊之助のことはかなり可愛がっているが、竹千代のことは不良と決めつけて腫れ物扱いだ。問題児の息子が欲しいだろうか?
(まあ、母さん若いし美人だし、仕事もできるから結婚したいのは解らんでもないが……いつからだ?)
竹千代が物心ついた頃には、この家族ごっこは始まっていたように思える。
「俺にはほとんど影響無いでしょう? もう実家に戻る予定無いし」
「ええ、竹千代にはね」
母親のその返しが何か含んでいる気がしたが、竹千代は運ばれてきたメインディッシュを食べて気持ちを落ち着かせることに集中した。
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