宇宙混沌
Eyecatch

第5話:あとは二人で [2/4]

「理玖様はもう少し彩度上げてもイケるんだぞ。背を高く見せたいならストライプですね。寒色系が顔色良く見えると思います」
 てきぱきと竹千代が選んだ服を持たされ、理玖は試着室へ。着替えてお披露目すると、とわが感嘆した。
「すご~い。見違えるってこういうのを言うんですね」
「いやあ、はは」
 が、当然ながらその褒め言葉は、半分以上はスタイリストの竹千代に向かっている。
「あとは、理玖様はガタイが良いから、それを活かしたいか隠したいかによるんだぞ」
(どっちが好きですかね?)
 理玖はとわの顔を見たが、ぷいと顔を逸らされてしまった。竹千代は口元がニヤつくのを誤魔化しつつ、とわに尋ねる。
「女子はあんまり筋肉質なの好きじゃないんだぞ?」
「あーそうだね。細マッチョの方が好きな人多いね」
「じゃあ太って見えない方で」
「でも私は普通にマッチョも好きだけどね」
 とわはこう見えて、数々の格闘技雑誌を買い漁っている。筋肉フェチなのは否定しない。
(竹千代~~~この場合どうすんだ~~~?)
 睨みを利かされ、竹千代は縮こまる。
「細く見せたいなら自分の体の細いところを強調する服にするんだぞ。筋肉見せたいならぴっちりさせれば良いけど、やり過ぎは暑苦しいから上にジャケットとか線が隠れるのを着て調整して!」
 とりあえず両方アドバイスしておいた。理玖は元の服に着替え直し、次は女性向けのフロアへ。
「もろはと全然違うタイプで緊張する……」
「え、もろはの服も選んでるの?」
(そういえば、急にもろはの私服がおしゃれになった時期があったような)
「俺が作ってるのもあるんだぞ。既製品に直し入れるだけのも多いけど」
「そうなんだ!?」
「あいつは既製品の色やサイズが合いにくいし、俺の趣味だから」
「へえ~。でも緊張はしないでくださいよ。こっちはタダでコーディネートしてもらってるんだし」
「それもそうだな。とわはとにかく、パキッとした色の方が良いぞ。生成りじゃなくて漂白された白とか、ビビッドカラーとか。黒は白髪が目立つから行きすぎだな」
「なるほど~」
(やべえ、おいら会話に挟まっていけねえ)
 やはりとわを連れてきたのは間違いだった。これでは竹千代の株ばかり上がってしまう、と理玖は頭を抱える。
「でも、raccoon dog[うち]はモノトーン多めだから、似合いそうなの無いな。ちょっと高めだけどShippoとか――」
《店内でよそのブランドの宣伝はやめてちょうだい》
 竹千代の言葉を遮ったのは、流暢な英語だった。スカートを物色していた竹千代の手が止まる。
《相変わらずその妙な着物をコートにしてるのね。もう袖が傷んでるじゃない、みっともない。毎月新作送ってあげてるんだから、それを着なさいよ》
《母さん》
 竹千代が振り返り、こざっぱりしたスーツに身を包んだ女性と対峙する。
《どうして此処に?》
《自分のブランドの店の視察をしてたらおかしい?》
《いいえ》
《竹千代こそ何してるの。まだ授業終わる時間じゃないでしょ》
(ははあ、おいら達には聴き取れねえと思って喋ってやがるな?)
 理玖は竹千代の母親を観察する。竹千代の年齢からして、日本には少なくとも二十年近く住んでいるわけだから、日本語が話せない筈がない。
《それに貴方、女の子を下宿に連れ込んだとかって聞いたわよ。これ以上生活が乱れるようなら家に戻ってきてもらいますからね》
 叱責は続く。竹千代にも非が無きにしも非ずだから、反論の機会を見失った。
(いやー……これは想定外だぜ。悪いな、竹千代)
《もしかして、この子じゃ――》
《すみません、お母様。おいらが無理言って付き合わせちまって。ちゃんと午前中は学校行ってたみたいですから》
 母親の攻撃がとわに向かいそうになったので、理玖も母親に負けず劣らずの英語で割り込む。竹千代の母親はバツが悪そうに、青い視線を理玖に向けた。
「あら、貴方もお連れさんだったの。やだ、熱くなっちゃって」
(やっぱりな)
 それなりに自然な発音の日本語が出てくる。
「そちらお買い上げに?」
「ええ。竹千代君が選んでくれたんですよ」
「そうなの。竹千代は色選びは得意だし、私のシルエットだからきっとお似合いになるわ。狸穴[まみあな]さん、クーポン差し上げても?」
 それまで斜め後ろで待機していた男性に、母親は声をかけた。
「もちろん。おい、田貫[たぬき]
「承知しました」
会長[まみあな]に主席デザイナーが、揃って何しに来たんだぞ……)
 竹千代が訝しむ。部下の田貫が理玖ととわにクーポンを配っている間に、母親が耳打ちしてきた。
《今夜狸穴さんと食事するの。下宿まで迎えに行こうと思ってたけど、手間が省けたわ。車で行くから時間までに帰ってくるのよ》
《それなら事前に言っておいてほしいぞ。俺今日バイトだったし》
《LINEに既読付けてないのは竹千代でしょ》
《うう……》
《とにかく、伝えたわよ。ちゃんとした格好で来てちょうだいね》
 母親はそう言うと、狸穴や部下を連れて他のフロアへと移動した。エスカレーターに乗る直前、田貫が竹千代に目配せする。
(竹千代坊ちゃん~! 覚悟決めておいてくださいよぉ~)
(? 八衛門さん、トイレにでも行きたいのか?)
 が、竹千代に伝わる筈もなく。八衛門の姿が見えなくなると、竹千代は肩を竦めて理玖達を振り返った。

闇背負ってるイケメンに目が無い。