宇宙混沌
Eyecatch

好きになっちゃった [3/4]

「竹千代も水浴びしようぜ~」
「俺は良い」
 初めての夏。竹千代はもろはにせがまれて、山の中の川に遊びに来ていた。
(まったく、どっちが使用人なんだか……)
 もろはは服をその辺に脱ぎ捨てて、真っ裸で川を泳いでいる。
「お前、恥じらいというものは無いのか」
「良いじゃん別に、見られて減るもんじゃなし。竹千代しか見ないし」
「…………」
 竹千代は子狸の姿で近くの岩場の上に座って、もろはの姿を観察する。
 もろはが来てから、人間の姿になるのはやめた。あれは表情や顔色で思考が筒抜けになってしまう。
 その代わりと言ってはなんだが、竹千代は他人に――もろはに変化しようと考えた。自分の姿でなければ、その時浮かぶ感情は、他人から見れば竹千代のものにはならない。何も言わずとも、こうやって服や体の構造を見せてもらえるのは助かる。
(竹千代の奴、平然としちゃってさー)
 流石に恥じらいが足りなさすぎたか。もろはは泳ぐのをやめて立ち上がる。腰の辺りまで深く、気を抜けば流されそうだ。
「もろは、上がって来い」
「えー」
「上がって来い。それから服を着ろ」
「やだ」
 竹千代の指示を無視して、川の中を歩く。暫くすると、じゃばじゃばと音を立てて、竹千代の匂いが近付いてきた。
「俺の言うことがきけないのか」
 そう言われて、後ろから抱きすくめられる。もろはの腹に回った腕は人の形で、背中に触れている胸には何の布も重ねられていないようだった。
(は!?!? 前触れなくその気になるなよ!)
 自分で仕向けておいて、覚悟が足りなかったもろはは固まる。竹千代はもろはに自分の方を向かせ、その体を隠すように抱き締めた。
 その時、竹千代の肩越しに、人影が見えた。竹千代よりも暗い茶髪、深い緑の目。
(え? さっきまで全然気配感じなかったけど)
「呼んでるのに来なかったから来ちまった。逢瀬の邪魔したかい?」
「いえ。ただ、嫁入り前なので」
「竹千代の許嫁かい?」
「そんなところです」
 その返事に、もろはの鼓動が再び速まる。緑の目がまっすぐこっちを向いているのに堪えられず、竹千代の肩口に顔を埋めた。
「急ぎでしょうか?」
「いや、遊びに誘いに来ただけさ。その様子じゃ、今後は要らなさそうだがね」
「……そうですね」
 竹千代はどう答えたものか悩んだが、別に女を買いたい気持ちは無いのだと思い出す。
「ですが、今後ともご贔屓に」
「もちろんさ」
 りぃん、と音がして、男の気配が消える。竹千代はもろはを解放し、もろはは岸に誰も居ないのを訝しんだ。
「今の誰?」
「お得意様なんだぞ」
「行かなくて良かったのか?」
「ん」
 竹千代は短く答えて、その場にしゃがみ込む。
「おいおい、頭まで沈む気かよ」
「やめろ、引っ張るな!」
 触れ合う素肌の感覚に、すっかりその気になってしまって、鎮めたいのだ。しかしもろはと掴み合いになり、足を滑らせたもろはが竹千代の上に倒れ込む。
「ぶへっ」
「げほっ……も~水飲んだ~~」
「俺のが飲んだわ阿呆」
 竹千代はもろはを引っ張り上げ、そのまま岸へ連れて行く。
「もう帰るぞ」
「帰るの?」
 さっさと服を着始める竹千代の腕を掴む。
「その……何かすることあるだろ!」
「何かって?」
(クソこの鈍感~~~)
 しかし言葉にするのは恥ずかしい。自分でも羞恥心を感じる点がよくわからなくて、もろはは困惑する。
「その……大っきくなってるだろ」
(ああ~~バレてるんだぞ~~~~)
 竹千代は慌てて袴を探すがもう遅い。
「さてはお前、獣兵衛様との話、一部始終聞いてたんだぞ!?」
「いや、最後の方は聞いてないけど。アタシをお前の慰み者にってのは聞いた」
「だからって大人しく受け入れなくても良いんだぞ!?」
「黙って言いなりになるわけじゃねーよ」
 今度はもろはの方から竹千代の前に立ち、その背に腕を回した。
「好きになっちゃった」

闇背負ってるイケメンに目が無い。