(竹千代って奴、姿を消す妖術でも使ってるのか? なんでだろ)
もろはは奥の部屋に足を踏み入れたが、すぐにそんなことを思うと、それ以上進むのを止めた。
(すっごい醜男だとか? 気になるな。ちょっと覗いてやろ)
二人の会話が始まってから、店先に出る。暖簾の下からその横顔を覗き見て、首を傾げた。
(あっれ~? なんだよ、醜男どころか男前の類じゃん)
癖のある髪の色は明るく抜けているが、顔は精悍で端整だ。佇まいもどこか気品がある。
「つまりあれを慰み者にしろと」
(って、一体何の話をしてるんだよ……)
もろはも、借りを作った以上、その額に合わせた要求――場合によっては過酷なもの――が降ってくる事は解っている。
今回の借金は大金だ。女を売って返すにしても、一度や二度では全く足りない。利子分だけ、特定の相手の機嫌を取ってチャラにしてもらう、というのは、そこまで理不尽な取引ではない。
(でもあいつの方が嫌がってんじゃん。まあ、アタシ貧相だもんな)
自分のほとんど無い胸を揉んでいると、竹千代の口から言葉が溢れる。
「花街に居たどの女よりも可愛い」
「えっ」
慌てて口を塞ぎ、板張りの床まで後退る。
(アタシが一番可愛いって? じゃあなんで嫌がって――)
そこに竹千代が入って来る。目が合った。
(目は青いんだ)
もろははそんな事を考えて、一方竹千代は頬を染めた。次の瞬間には、小さな狸のような、人間のようなよくわからない姿の妖怪が、もろはに怒鳴る。
でももろはは平気だった。
(嫌がる女を抱く趣味は無い、か)
竹千代は抱く気はあるのだ。もろはが受け入れるなら。
(我慢してくれるんだ? アタシの為に)
それがどうしようもなく嬉しかった。黙ってにまにましていると、獣兵衛に気味悪がられる。
(竹千代には、アタシを好きにする権利があるんだからさあ、好きにさせてやっても良い……いや、させてやろうじゃん)
そしてその日から、二人の根比べが始まった。