好きになっちゃった [1/4]
竹千代は屍屋の梁の上で姿を消し、妖狼族の女と獣兵衛、そして飛び込んできた少女の会話の一部始終を聞いていた。
(四半妖とはいえ、流石に犬の大将の孫となれば別嬪だな)
そんな適当なことを考えながら、先程身請けされたばかりの少女と共に、獣兵衛の指示を聞く。
「良いか。何年かかっても良いからちゃんと返済するんだぞ」
「じゃあ百万年かけて返してやるよ」
「その分利子が付くぞ。あまりやる気がないようなら、こちらも黙っちゃいないし」
「利子つけんの?」
「当たり前だろう」
「えー! 絶対ヤダ。借金だけでも肩代わりするの嫌なのに!」
(そりゃそうだぞ)
同情しつつ、少女を見下ろしやすいように姿勢を変える。
「ふむ」
困り顔で見上げた獣兵衛と目が合った。
「そうだ、こうしよう。屍屋にはもう一人、専属の賞金稼ぎが居る。そいつの言うことに何でも従えば、利子は付けないでやろう」
「本当に!? じゃあ何でもするする!」
(良いように丸め込まれて……)
しかし、そうすることで、獣兵衛には何の利益があるのだろう。首を傾げていると、呼ばれた。
「聞いてるだろ竹千代。そういうことだからもろはのことは好きに使え」
「え、やっぱり此処にもう一人居るの? ずっと気配と匂いはするけど……」
もろははキョロキョロと店を見回す。
「奥?」
「そうだな。もろは、暫く奥で待っていろ」
獣兵衛は外に出る。姿を消したまま、竹千代はそれを追った。
竹千代は、村の中では極力人間の振りをして生活している。獣兵衛の隣に並ぶと、口元にほくろのある少年の姿を現した。
「竹千代の訊きたいことは解っている。何故もろはを従わせる権利を与えたか、だろ?」
「解ってるなら教えてほしいんだぞ」
「お前も本当なら、元服して嫁や子供の一人や二人居る頃だ」
竹千代は溜息を噛み殺した。
「つまりあれを慰み者にしろと」
「利子分はお前の稼ぎから天引く。女を都度買うよりは安くつくぞ。それにあちこち他所で孕ませられるよりは、話がややこしくならなくて済む」
「待ってください、色々突っ込みたいんだぞ」
一つ、もろはが嫌がった場合どうすれば良いのか。竹千代は嫌がる女を無理やり犯すような趣味は無い。
一つ、何故竹千代が、色恋に目が眩んで金を出してでも女を買うと思われているのか。いや、この前上客の理玖という旦那に誘われて、花街を歩いたのは物珍しくて楽しかったが。
一つ、勿論、御家騒動が片付いていない今は、子を作ったところでまともに育てられないどころか、その子の命まで危険に晒すことになる。しかしそれなら、相手がもろはでも条件は同じだ。
「俺は『竹千代に従え』と言っただけだ。お前が嫌ならそういう指示を出さなければ良い」
獣兵衛は淡々と疑問を跳ね返していく。
「花街、楽しかったんだろう?」
「それは、まあ」
「何が楽しかったんだ?」
「……可愛い女がたくさん居て……」
「もろはの顔はどう思う?」
「花街に居たどの女よりも可愛い」
悔しいがそこは認めざるを得ない。城という男社会の中で生きてきた竹千代は、端的に言えば女への耐性がほとんど無いのだ。
「お前に食う気が無くても、お前がうっかり食われる可能性は高いぞ。房中術に引っかからん為にも、身元の知れてる女で慣れておけ。それに、決まった相手が居れば自ずと他の女を抱くことに躊躇いが出てくる」
「わーん! でもそれで万が一にでも孕ませたらどうするんだぞ!?」
「その時は身元を明かせ」
竹千代は耳を疑った。何年も、獣兵衛以外の誰にも教えていない秘密を、明かせと?
「そうすればもろはが喜ぶとでも?」
答えになっていない。竹千代は冷たく言い放って、踵を返す。屍屋の暖簾を潜ると、店先に座っていたもろはと目が合った。
(かっ、可愛い……)
上から見ても別嬪だと判ったが、正面から見るとそれ以上だった。濡羽色の髪に栗色の瞳、そして淡く色付いた小さな唇。これで変化も化粧もしていないのだから驚きだ。
顔が熱くなって、竹千代は慌てて狸の姿になる。これなら薄く毛で覆われているから、顔色の変化を悟られまい。
「お前、獣兵衛様は奥に居ろって言ったんだぞ!?」
「悪い悪い。こっちのが風通し良くて過ごしやすかったから」
竹千代はもろはの横を通り過ぎて、自分が奥の部屋へ。もろははその背に投げかけた。
「竹千代、だっけ」
「そうだぞ。お前は店先で獣兵衛様の仕事でも見てろ」
「は~い」
竹千代は一人、部屋で縮こまって考える。
(まあでも、俺の言うことを聞かせるってのは悪くないんだぞ。もろはが獣兵衛様の指示に反発した時の、切り札になるかもしれないし……)
昔は一言物申すだけで、家臣の誰かがなんでも必要な物や欲しい言葉をくれた。そんな頃もあったなと思い返して、竹千代は部屋の暗がりに消えていった。
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