麒麟丸パパの苦悩 [1/4]
「海の音が聞こえますね?」
隣に座ったりおんが呟いた。
そんな事はあり得ない。此処は冥道だ。そう思ったが、波の音と風の音は、確かに儂の耳にも響いている。
「もしかして、この縁の糸が繋がったままだからでしょうか?」
りおんは振り返り、自身の肩から背後に伸びる赤い糸を突いた。
「そうかもしれんな」
何を何処でしくじったのか、儂とりおんは理玖と縁が上手く切れず、もう何日も冥道の先へと進めないでいた。そのうち切れるだろうと思って待っていたところ、突然音が聞こえた次第だ。
「これ、仮初めの世の音ですよね?」
「恐らくは。理玖の耳が聞いている音だろう」
その音はやがて止む。儂はりおんと顔を見合わせ、肩を竦めた。
再び音が聞こえたのは三日ほど後だった。今度は森の中の音で、それは数刻すると止んだ。その次は四日後、また波の音と、かもめの鳴き声。それも数刻で止む。
四度目は前回から三日後。儂はぴんとくる。
「理玖が寝ている間のみ聴こえるようだな」
「そういえば、理玖は父上に似てショートスリーパーでしたね」
「儂に似て、というか元は儂なんだからそれはそうだろう」
りおんは笑う。儂はその丸い頭を撫でた。一時はどうなることかと思ったが、またこうして笑い合える事がとてつもなく幸福だ。
「しかし、縁の糸はまだ切れんのか?」
このままではいつまで経っても、この暗い冥道に二人きり。此処には同様に先に行けず怨霊となりつつある者も居て、居心地が良いとはとても言えない。
「誰かに……せつなに切ってもらう必要があるのかもしれません」
「伝えられるかやってみるか」
まずは周囲の状況を確認したい。糸を伝って、目を開ける感覚を必死で思い出した。やがて、脳裏に冥道ではない景色が浮かぶ。
「おお、見えた」
「何処に居るのですか?」
「りおんには見えぬのか?」
「ええ。それに聞こえていた音も止んでしまいました」
「ふむ。儂が体を乗っ取ったからか」
儂は意識を理玖の目に集中させる。
「儂の船の天守だな。椅子に座って寝ているらしい」
「父上が居なくなって、どうなったのかと心配しておりました。無事回収できたようですね」
「ああ。あのまま幽霊船にするにはちと惜しい船だったからな」
それはともかく。
「誰も居ないな。下には居るのかもしれないが……」
「勝手に寝ている理玖を動かすわけにはいきませんよね。何か話しても、夢遊病と思われるのがオチです」
「そもそも動かしたり話したりできるか怪しいな」
儂は目を閉じる。かなり集中する必要があり、疲弊した。
「……私、もう少し父上と海の音を聞いていても良いと思います」
「りおん……」
そのふっくらとした頬に触れると、りおんは林檎の花の様に微笑んだ。
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