宇宙混沌
Eyecatch

鹿猪のお手付き


 男なんて興味が無い。
 そう私が思っていても、相手はそうは思ってくれない。
「良いじゃねえか、減るもんじゃなし」
 朔の日の夜。私の部屋に船乗りの一人が侵入した。
「やめろっ」
 逃げようとしたが、腕を掴まれる。背丈よりも長く伸びた髪が、私の足に絡みつき、床に倒れた。
 助けて、とわ姉ちゃん。叫ぼうとした口を手で塞がれる。
 朔の日はすぐに眠くなるので、一人先に寝室に戻ってすぐの事だった。とわもろはも、まだ食事を囲んでいる。会話と波の音に掻き消されて、此処での騒音など、もろはですら気付いてくれないかもしれない。
 人間の体のなんと貧弱な事だろう。朔でさえなければ、こんな奴一捻りなのに。
「本っ当に別嬪さんだなあせつなちゃんは」
 恐怖で体が強張る。着物の襟を掴まれて、思わず目をぎゅうっと瞑った。
 その時、りぃん、と奇妙な音が鳴る。
[ふか]の餌になるのとおいらの飯になるの、どっちが良い?」
「ヒイィッ」
 目を開けると、理玖が剣を男の喉元に添えていた。
「すっ、すみません鹿猪[かい]様! 旦那のお手付きとは知らず!」
「二度目はねえぞ」
 男は私を解放すると、一目散に逃げて行った。
「怪我は?」
「大丈夫だ。……だがお前の手付きになった覚えは無いぞ」
「そう思わせておいた方が楽だと思いやすよ」
「というか、瞬間移動で部屋に入って来るな」
「緊急事態じゃしょうがないでしょう。あの男がコソコソしてるのをおいらが見つけなかったら、あんた今頃傷物ですぜ? そんな事になれば、とわ様だけじゃなく殺生丸様にまでおいら責められるじゃないですか」
 私の為ではない。わざわざそう言うところが、好きになれない。
 まあ、でも。
「……礼は言う……ありがとう……」
 理玖は手で顎を押さえ、まじまじと私を見下ろす。
「な、なんだ」
「いやぁ、たまにはそういう不貞腐れた態度で『ありがとう』ってとわ様に言ってもらいたいなあ、と。とわ様の素直に明るく感謝してくださる様も好きなんですけどね」
「惚気るな! 変態! さっさと出て行け!」
「言われなくとも、とわ様が心配なので」
 言うと耳飾りを鳴らして消える。奴と会話するのは精神的に疲れるな……。

 翌日。
「せつな[ねえ]さんだ」
「昨夜旦那が部屋に居たって」
「そりゃあ美男美女だしなあ……」
「おい理玖」
 私は船乗り達のひそひそ話に耐え切れなくなり、天守の理玖の元へ。
「何?」
 現場へ向かう途中は波も穏やかで暇だ。理玖は椅子に座って足を組み、のんびりと本を読んでいた。視線すらこっちに寄越さない。
「『何』ではない。昨夜の誤解を解け」
「別に良いじゃないですか。軟派な男が寄って来なくて楽でしょう?」
「一番軟派なお前に言われたくない!!」
「心外ですね。おいらがとわ様以外を口説いた事なんてありゃしませんよ」
「うっ……。とにかく、このままだととわにも誤解されるぞ?」
「とわ様には昨夜説明済みですよ。もろはにも」
「なんだと? それで、とわは何て?」
「以後三人とも、何かあったらおいらの『お手付き』で通そうとのことです」
 良いのか? それで。お手付きの意味をちゃんと解っているんだろうか、とわは。
 私は長い溜息をつく。話すべきはとわか、と踵を返した。
「おいとわ
 とわもろはと甲板に居た。声をかけ、改めてお手付きの意味を説明する。
「え、えええええ!? そういう意味だったの!?」
「だからアタシはやめとけって言ったんだよ」
「理玖はどういう風に説明したんだ」
「うーんと、まあ、お子様にも聞かせて良い言葉遣いで、だいぶぼかして……」
「知ってたなら教えてよもろは~」
「んなこと言われたって、理玖[おとこ]の前で開けっぴろげに説明できるかよ!」
 いつの間にかとわもろはの喧嘩になっている。私はやれやれと首を振り、再度理玖のところに戻った。
とわだって赤子ではないのだから、きちんと説明しろ」
「おいらが喋っても良かったんですかい?」
 理玖はやっと顔を上げる。
「あんたが犯されそうになってた事」
「…………いや、」
 確かに、そうだな。とわに助けに来てほしかった気持ちもあるが、過ぎてしまえば知られたくない気持ちの方が強い。
「……どうしてそういうところだけ親切なんだ」
「おいらいつでも親切にしてるつもりなんだけど」
 理玖は本に視線を戻す。
 嘘ばっかり。だがこいつとの言い合いは無益だと、この数ヶ月一緒に過ごして学んでいる。
「誤解は解いてくれ」
「そこまで言うなら」
「朔の日だけで良い。その夜だけは、私ととわの周りを見張ってくれないか」
「我儘なお姫様で。尤も、普段からそうしてたから未遂で済んだんですけど?」
 そうなのか? 全然気付かなかった。朔の日は音も匂いもわからないし、理玖は瞬間移動もできるからな。
「何にせよ、とわ様が悲しむ様な事態は避けますよ。そういやとわ様、お手付きの意味を知って何て言ってました? おいらとそういう目で見られるのは嫌がってやしたかね?」
「……自分で確かめろ!」
 やってられるか。私は踵を返すと、仲間の元へと駆け下りた。

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